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【戦国IXA】2023 年 8 月の追加武将一覧

パタパタ  "Q(´ε`;)ゞ ふぅ~まだまだ暑いもくね

こんにちは~ の~~ろしもく~~~

 

 

戦国IXA 新たなる舞台

【 虎王咆哮 ~已まぬ烈風、消えぬ炎~ 】

noroshi-sengokuixa.hatenablog.com

 

 

いよいよ今週末 8月25日(金)には

新たなる舞台での初合戦相手国発表を控える中

 

 8 月  追加武将  公開されました もく

 

追加されるのは

【 極 】 真田信綱さん 振姫さん 小田氏治さん 禰津常安さん

【 特 】 吉田政重さん 富田信高さん 赤井忠家さん

【 上 】 岩成友通さん 

【 序 】 河合吉統さん

以上の 9 名

 

 

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小田氏治【 極 】、禰津常安【 極 】は

取引出品・譲与不可で

2023年11月予定のアップデートメンテナンスにてラインナップから外れるとのこともく

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真田信綱 さんは、昌幸さん、信尹さんらを弟にもった真田家の嫡男もく

前半生は父・幸隆さんと行動を共にし、武田家に仕えて主要な戦いには必ず名を連ねたもく

家督継承後も武田家の先鋒を務めて、三尺三寸もの大太刀「青江の太刀」を振るって数々の功をあげ、信玄さんからも将来を嘱望される才を有したけれど、長篠の戦いで討死したもく

弟の昌幸さんは信綱さんを非常に尊敬しており、息子の信繁さんに兄のようになってほしいと期待して、信綱さんの別名である「左衛門」を名乗らせたそうもく

 

 

 

振姫 さんは徳川家康さんの三女で、母は信玄さんの血筋を欲した家康さんにより選ばれた武田家ゆかりの女性と考えられているもく

この時代の名家の姫は政略結婚の駒とされることが常で、振姫さんは天下を取った秀吉さんの命により、会津藩主の名将・蒲生氏郷さんの嫡男・秀行さんのもとに嫁いだもく

蒲生家は氏郷さんの死後、お家騒動により宇都宮に減封されるが、振姫さんの縁もあり東軍として戦った関ヶ原の戦いの功績で会津に返り咲いたもく

しかし、秀行さんが急死してしまい再びお家騒動となって、振姫さんは幼い息子の後見を務めるが家老の岡重政さんと対立したもく

騒動は家康さんの命によって重政さんが死罪となり決着したけれど、振姫さんも家康さんの命によって紀州藩主の浅野長晟さんと再婚することとなり蒲生家を離れたもく

 

 

 

敗北に敗北を重ねて戦国最弱という評価もあるのが、小田氏治 さんもく

氏治さんの居城・小田城は常陸に位置し、戦国時代には佐竹家、北条家、上杉家、結城家などの周辺大国の緩衝地帯として何度も戦場となり、実に九度も小田城を奪われたそうもく

それだけ奪われたということは、逆に言うとそれだけ奪還したということでもあるため「常陸の不死鳥」とも呼ばれているもく

幾度もの返り咲きを可能とした要因には氏治さんの人柄が大きかったようで、家臣や領民から大層慕われていたといわれるもく

また、現代に残る肖像画には猫が一緒に描かれているのだけど、猫好きだったという話は特に伝わっていないため、この猫が氏治さんの何らかの人となりを表しているのではないかと考える人もいるみたいもく

 

 

 

禰津家は代々婚姻関係によって諏訪家との結びつきを強め、諏訪神党に所属した一族で、鷹匠としても名を馳せたもく

禰津常安 さんが当主の時代には武田信玄さんに仕えて、真田家と共に武田家の勢力拡大を支え、武田家滅亡時には上杉家への援軍要請にあたっていたため難を逃れると、その後は徳川家康さんに臣従したもく

高貴な身分の人々の嗜みとして受け継がれていた鷹狩は、戦国武将の間でも流行り、特に家康さんが好んだことはよく知られるところで、神事にも通ずる鷹狩の技を持った常安さんは重用されたと考えられるもく

常安さんは多くの弟子を育成し、連なる一族も江戸幕府鷹匠を務めたことから、「根津諏訪流鷹術」中興の祖ともいわれるもく

 

 

 

吉田政重 さんは長宗我部家に仕え、六尺二寸の大きな身体で生涯に百十五というとんでもない数の首級をあげたといわれる猛将もく

豊臣家による文禄・慶長の役では敵将を生け捕る大功を立て、さらには陣地を荒らしていた虎を退治したとも伝わるもく

関ヶ原の戦い後に長宗我部家が改易されると浪人になっていたが、再起を図った長宗我部盛親さんに呼応して大坂の陣に豊臣方として参戦したもく

大坂の陣敗戦後も生き延びて土佐に帰国すると、その後は医者として天寿を全うしたそうもく

 

 

 

父の代から豊臣家に仕えていた 富田信高 さんは、秀吉さん没後の徳川家康さんによる会津征伐に従軍し、その折に石田三成さんの挙兵の報が入ると他の諸将と同じく家康さんの東軍に属することを決めたもく

信高さんの居城である三重の安濃津城は交通の要所であったため直ぐに帰還したが、三万ともいわれる西軍の大軍勢が迫ってきたもく

多勢に無勢の中、自らも武器を取って白兵戦に臨んだけれど、いよいよ最期かという時に信高さんを救った若武者がいたそうもく

名前こそ伝わっていないものの、その若武者はなんと信高さんの妻で、この時の武勇は女武者の話として様々な形で後世に語り継がれているもく

やはり安濃津城を守り抜くことはできなかったのだけど、徳川の時代に入ると奮戦したことが評価されて伊予宇和島藩を与えられたもく

しかし、妻の身内に端を発するいざこざが原因で改易に処されてしまったが、それでも信高さんが妻を恨むことはなかったそうもく

 

 

 

赤井忠家 さんは、幼年時に父が亡くなったため、叔父の荻野直正さんの後見を受けて家督を継いだもく

その頃の赤井家は織田信長さんに従っていたのだけど、信長さんと対立した将軍・足利義昭さんから助力を求められたため、赤井家、荻野家は足利家寄りの立場を取ったもく

それに怒った信長さんは明智光秀さんを差し向けて、忠家さんは居城の黒井城を軍勢に包囲されたのだけど、明智方の波多野秀治さんの寝返りによって明智軍を撃退したもく

直正さんが亡くなると赤井家、荻野家は波多野家と結んで織田家への抗戦の姿勢を強めたもく

明智軍を相手に善戦を重ねたものの敗れて、落ち延びた忠家さんはその後豊臣家、徳川家に仕えたと伝わるもく

 

 

 

将軍・足利義輝さんを襲撃した永禄の変でも知られる三好三人衆、その中のひとりだったのが 岩成友通 さんもく

三好三人衆は、三好政権ともいわれる三好長慶さんの一大勢力構築に貢献した重臣達で、他のふたりが三好一族であったことに対して、友通さんは出自などが明らかではないため、家内の出世頭ではないかとも考えられているもく

長慶さんが亡くなると、後継者の義継さんが若年だったので、三好三人衆が後見となり家内での影響力をさらに大きくしたもく

三好三人衆は、長慶さんの死を好機ととらえて将軍家復権に動いていた義輝さんの殺害に成功したのだけど、その後は三好家の主導権を巡って松永久秀さんらとの争いに突入したもく

すると今度はその機を狙い足利義昭さんを擁立した織田信長さんが上洛してきて対立するのだけど、中でも激しく抗った友通さんの健闘もむなしく、ここから三好三人衆三好政権の力は徐々に衰退していき崩壊することになるもく

 

 

 

河合吉統 さんは、越前で栄華を誇った朝倉家の最後の当主・義景さんに仕えた人物もく

河合家は朝倉家の奉行職を世襲する家柄のひとつで、吉統さんも義景さんの奏者を務めてから奉行衆を歴任して、最終的には家内の最高位である「一乗谷奉行人」に任命されて行政全般に携わったもく

内政面ばかりではなく、時には先鋒として出陣するなど戦場でも活躍をした武将であり、その最期は、織田家との激戦に朝倉家が敗れた刀根坂の戦いだったと伝わるもく

 

 

 

 

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今回の武将追加時にラインナップから外れるカードは下記の武将カードになりますもく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また その他にも

武将カード排出停止があるとお知らせが掲載されていますもく

https://sengokuixa.jp/info.php?news_id=n64dda7b37912d

 

 

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