2026 年 8 月 7 日( 金 )
戦国IXA 新たなる舞台が開幕・・・!
覇 界 動 乱 ~ 戦雲の暁に煌めく群雄 ~

↓↓ 新たなる舞台の詳細はこちらもく
https://sengokuixa.jp/season32_hakai_Beex2ATowu/
今回も 新【 天 】武将カードにくわえて それぞれ
新パラレル【 天 】武将カード が登場するもく!!!!
↓↓ パラレル【天】武将カードの基本仕様はこちらもく
https://sengokuixa.jp/parallel_rarity/
新たな舞台の大殿であり
新【 天 】武将カード(カードNo.1310~1321)
新パラレル【 天 】武将カード(カードNo.31310~31321)として登場するのは
こちらの 12 名もく!!!!


織田信長さんの父である 織田信秀 さんは、周辺勢力から「尾張の虎」と畏怖された猛将で、信長さんが中央政権を確立できたのは、信秀さんの築いた基盤があったからこそという評価もみられるもく
室町時代末期の尾張国は、守護である斯波家の権力が形骸化し、守護代の織田家が実権を握る状況にあり、その守護代織田家も清洲織田家と岩倉織田家に分裂して、それぞれが戦国大名化していったもく
信秀さんの織田家はそのいずれの織田家でもなく、清洲織田家に仕える清洲三奉行家のひとつに過ぎなかったけれど、経済感覚の鋭い信秀さんは流通や商業の要衝を支配して急速に勢力を拡大し、尾張国内のみならず、斎藤道三さん、今川義元さん、松平清康さんら、周辺国の勢力とも領地争いを繰り広げたもく
今回の信秀さんのイラストの背景には、「尾張の虎」の異名にちなんで 虎 が描かれているもく


戦国三大梟雄の一人にかぞえられる 斎藤道三 さんは、一介の油売りから美濃国主にまでのぼりつめたという説もあるけれど、現在では、道三さんの父が美濃国の長井家に仕えていたと考えられていて、父子二代で国盗りを成し遂げたという見方が有力となっているもく
道三さんが下剋上によって手に入れた美濃国へは、隣国の織田信秀さんがたびたび攻め込んできたけれど、道三さんは信秀さんの侵攻をゆるさず、幾度もこれを撃退したもく
この頃、信秀さんの嫡子である織田信長さんについては、うつけ者という評価がもっぱらであったけれど、道三さんのみはその信長さんの非凡さを見抜いていたといわれ、信秀さんとの和睦が成立すると、娘の濃姫さんを信長さんに嫁がせたもく
今回の道三さんのイラストの背景には、「美濃の蝮」の異名にちなんで 蝮 が描かれているもく


東海道に絶大な勢力を有しながら、桶狭間の戦いで織田軍に討ち取られた 今川義元 さんは、公家文化に親む文化人であったことも相まって、軟弱かつ無能な武将という印象を持たれがちだけれど、領国経営や軍事改革に能力を発揮して今川家の最盛期を築き上げた人物で、「海道一の弓取り」と称されたもく
武田家、北条家の両強国と甲相駿三国同盟を結んだ義元さんは、三河国の支配権確立に乗り出し、おなじく三河国の切り取りをねらう尾張国の織田信秀さんと衝突したもく
戦国大名として急速な成長を見せていた信秀さんとの対立は長期化したけれど、最終的には織田家の勢力を三河国から締め出すことに成功し、義元さんは、駿河国、遠江国にくわえて三河国をもその支配下におさめたもく
今回の義元さんのイラストの背景には、岐阜県に伝わる「さるとらへび伝説」にちなんで 猿 が描かれているもく


徳川家康さんの祖父にあたる 松平清康 さんは、安祥松平家六代当主松平信忠さんの嫡男としてうまれ、祖父や一門衆の意向により、十三歳の若さで家督を相続したもく
安祥松平家は三河国に点在する松平家の分家のひとつであったけれど、松平一族の統一をめざす清康さんは、岡崎松平家を攻略して本拠地を岡崎城に移すと、わずか数年のあいだに三河国をほぼ統一してしまったもく
さらなる勢力拡大を画策する清康さんは、織田信秀さんが治める尾張国に侵攻し、信秀さんの弟である織田信光さんの守山城に迫ったもく
しかし、この守山城攻めの陣において、清康さんの家臣である阿部正豊さんが清康さんを斬殺する事件が起こり、松平軍は撤退を余儀なくされ、優れた主君を失った松平家はこののち今川家の支配を受けることになるもく


室町時代に、周防国、長門国、石見国、豊前国など広大な地域を支配し、西国随一の権勢を誇った名門大内家は、戦国期に 大内義隆 さんが当主となると、戦国大名としてさらなる成長を遂げ、全盛期を迎えるに至ったもく
貿易や銀山開発によって圧倒的な経済力を有する大内家は、京の文化人や僧、公家などを積極的にまねき、必要とする者には庇護を与え、京の文化と大陸文化を融合させた「大内文化」と呼ばれる独自文化を築き上げたもく
大内家は広大な領国支配だけでなく、文化面でも大変な繁栄ぶりを見せたけれど、文治主義に傾きすぎる義隆さんのことを、家中の武断派は苦々しく思っていたようで、ついには「大寧寺の変」と呼ばれる謀叛が起こり、家臣の陶晴賢さんによって義隆さんは自害に追い込まれ、大内家は急速に衰退していったもく


五代にわたって関東に覇をとなえた後北条家の第二代当主 北条氏綱 さんは、父の北条早雲さんが平定した伊豆国、相模国を継承すると、さらに武蔵国、下総国へと進出して領土を拡大し、関東の覇者たる北条家の礎を築いたもく
氏綱さんは、外征における成果のみならず、領国経営の手腕も高く評価されており、北条領内では、氏綱さんが用いた虎の印判状がない徴収命令は無効とし、役人が百姓や町民から違法に搾取することを防いだもく
死の直前には、後継者の北条氏康さんに対して五箇条の訓戒を遺し、「勝って兜の緒を締めよ」という慣用句は氏綱さんの言葉に由来するといわれているもく
なお、初代の早雲さんは「伊勢盛時」や「伊勢宗瑞」と名乗り、「北条」を称したのは氏綱さんの代になってからであると考えられているもく


代々、守護京極家の守護代を務めて出雲国で勢力を伸ばしてきた尼子家は、尼子経久 さんが家督を継いだ頃から国人衆との関係性の強化をはかり、京極家や幕府など正当な権威の命令に背くこともあったもく
独自の権力基盤を築く姿勢をとりはじめた経久さんは、守護代の職を剥奪されることになってしまったけれど、出雲国における権力を完全に失うことはなく、のちに守護代の地位に返り咲くと、「謀聖」と称されるほどの謀才を発揮して出雲国の事実上の支配者となったもく
さらに出雲国外にも進出した経久さんは、「十一州の太守」と称されるほどの巨大勢力を築き上げ、尼子家を山陰の覇者へと押し上げたもく


室町幕府において政権の中枢をになう細川京兆家の家督をめぐり、細川高国さんと争いを繰り広げた細川澄元さんは、失意のうちに病死してしまい、高国さんとの争いは子の 細川晴元 さんに引き継がれたもく
高国さんが将軍足利義晴さんを掌中に収めていたため、晴元さんは義晴さんの弟である足利義維さんを擁立して対抗し、決戦によって高国さんの追い落としに成功すると、義維さんを将軍とする堺幕府を樹立したもく
これにより畿内における最高権力者となった晴元さんだったけれど、これまで晴元さんを支えたきた三好元長さんとの関係が悪化してしまい、一向一揆の軍を利用して元長さんを敗死させたもく
その後、晴元さんは、元長さんの子である三好長慶さんを家臣に組み入れ重用したけれど、晴元さんのもとで勢力を拡大した長慶さんは下剋上を実行し、晴元さんは幽閉されてしまったもく


出家後の法名「信玄」の名で広く知られる 武田晴信 さんは、武田家を守護大名から戦国大名へと変貌させた武田信虎さんの次男としてうまれたけれど、兄が夭折したため幼い頃から嫡男として育てられたもく
しかし、信虎さんは晴信さんの下に信繁さんという弟が誕生すると、晴信さんよりも信繁さんを偏愛するようになり、晴信さんを廃嫡する考えまでも抱きはじめたといわれているもく
この頃、武田領内では、度重なる合戦のしわ寄せで領民に重い負担がのしかかり、家臣の中にも統治者としての信虎さんの能力に疑問を持つ者が現れていたもく
そして、信虎さんを厭う空気が醸成されるなか、晴信さんは重臣らに支持されるかたちで信虎さんを国外へ追放し、武田家の家督と甲斐国の守護職を相続したもく


越前国朝倉家の第八代当主朝倉氏景さんが、家督を相続してわずか数年でなくなったため、子の貞景さんが家督を継ぐこととなり、氏景さんの弟の 朝倉宗滴 さんが、貞景さんから三代にわたる朝倉家の当主を補佐したもく
一族の重鎮として朝倉家の政務をとりしきった宗滴さんは、軍略においても異能を発揮し、九頭竜川の戦いにおいて、加賀国の一向宗門徒に越中国や能登国の門徒が合流した総勢三十万ほどの連合軍を相手に、一万ほどの兵を率いて撃破する軍功をあげ、その名を天下に轟かせたもく
事実上の朝倉家当主として朝倉家に繁栄をもたらした宗滴さんは、当然家中で深い尊崇の対象となり、宗滴さんの語った言葉や訓戒を家臣がまとめたとされる「朝倉宗滴話記」が現在にも伝わっているもく


伊達政宗さんの曾祖父にあたる 伊達稙宗 さんは、父の死去によって伊達家十四代当主となると、羽州探題の最上家を打ち破って支配下に置くなど、戦国大名として活発な動きをみせたもく
奥州では大崎家が奥州探題を世襲して諸勢力の上位にあったけれど、稙宗さんは足利将軍家に進物をおくるなどして中央との関係を強化して家格上昇を図り、大崎家が世襲する官位となっていた左京大夫に任官され、その後、室町幕府では置かれていなかった陸奥国の守護職に補任されたもく
さらに大崎家中で内乱が発生すると、稙宗さんは、独力で鎮圧できなかった大崎義直さんの要請に応えて兵を出し、その代償として実子を養子として大崎家に送り込み、大崎家をも伊達家の支配下に置いたもく
巧みな婚姻政策や外征で伊達家を強大な勢力へと成長させた稙宗さんだったけれど、その専制を一部の家臣は快く思わず、稙宗さんの嫡男である伊達晴宗さんが彼らに擁立され、父子の争いは「天文の乱」とよばれる争乱へと発展したもく


近江国守護である六角高頼さんの子としてうまれた 六角定頼 さんは、嫡男ではなかったため幼少期に出家させられたけれど、家督を継いだ兄が夭折したことにより、還俗して六角家の第十四代当主となったもく
中央で幕府の実権を握る細川高国さんと関係性を築いた定頼さんは、高国さんとともに足利義晴さんの将軍就任に貢献し、義晴さんから管領代に任命され、従四位下に叙されたもく
足利将軍家や細川京兆家に対しても影響力を持つほどの存在となり、六角家の最盛期を築き上げた定頼さんは、先進的な内政手腕を発揮したことでも知られ、あの織田信長さんよりも先に「楽市楽座」を創始していたといわれているもく
なお
織田信秀【 天 】 斎藤道三【 天 】 今川義元【 天 】 と
すべてのパラレル【 天 】(カードNo.31310~31321)については
取引出品・譲与不可とのこともく
-------------------------------------------------------------
今回の 新【天】武将カード 新パラレル【天】武将カード 追加時に
前章「義天連星 ~夢紡ぐ誓いの光~」突入時に登場した
パラレル【 天 】武将カード(カードNo.31298~31309)は 全てのくじ から
【 天 】武将カード(カードNo.1298~1309)は 一部くじ から 排出停止になるとのこともく
noroshi-sengokuixa.hatenablog.com
-------------------------------------------------------------
■スクウェア・エニックスサポートセンター
http://support.jp.square-enix.com/contacttop.php?id=1297&la=0
■のろしX(旧twitter)
https://x.com/noroshi_ixa
-------------------------------------------------------------