どーも 夏の本番も近づく今日この頃
夏バテしないようにばっちりご飯を食べている のろしですもく
φ(c・з・ )▽ モグモグ あ そうだ
七夕のお願いごともしておかないともくね
戦国IXAでは
7月 の 追加武将 が 公開されました もく
追加されるのは
【 極 】北条氏照さん 土井利勝さん 加藤嘉明さん 渡辺了さん
【 特 】諏訪頼重さん 藤田信吉さん 芳賀高定さん
【 上 】鳳翔院殿さん
【 序 】上田重安さん
以上の 9 名
さらに
【 天 】 上杉謙信さん 毛利輝元さん 最上義光さん
以上の 3 名が
スキルやステータスを新しくした復刻版として登場するとのこともく
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加藤嘉明【 極 】、渡辺了【 極 】
上杉謙信【 天 】、毛利輝元【 天 】、最上義光【 天 】は
取引出品・譲与不可で
2026年10月予定のアップデートメンテナンスにてラインナップから外れるとのこともく
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越後国の戦国大名で、毘沙門天を信仰し義に生き、その強さから「軍神」や「越後の龍」などと称された義将 上杉謙信 さんが、イラスト復刻の新カードとして登場もく

安芸国の戦国大名で、祖父から引き継いだ中国地方最大勢力の権威を保持し、豊臣政権では五大老のひとりを担い、関ヶ原の戦いの西軍総大将も務めた 毛利輝元 さんが、イラスト復刻の新カードとして登場もく

出羽国の戦国大名で、最上家の全盛期を築き上げ、「出羽の驍将」の異名を持ち、厳格でありながらも家臣想いだったことでも知られる 最上義光 さんが、イラスト復刻の新カードとして登場もく

北条氏照 さんは、3代当主氏康さんの三男であり、4代当主氏政さんの弟にあたる人物もく
関東の雄と称された北条家において、軍事と外交どちらにも秀でた手腕を発揮しその最盛期を支えた名将で、横笛の名手であったとも語り継がれるもく
北条家の同時代のライバルに対しても関わり深く、武田信玄さんによる武蔵侵攻の際には激戦の末に滝山城を守りきり、謙信さん率いる上杉家については越相同盟の締結を主導したと伝わるもく
豊臣家による小田原征伐には徹底抗戦を主張し、小田原落城時に秀吉さんからその影響力の大きさを危険視されて氏政さんと共に切腹を命じられたもく

土井利勝 さんは、徳川家康さん、秀忠さん、家光さんの3代に仕えた智臣もく
幼少期から家康さんに仕え、秀忠さんが誕生すると、まだ幼かった利勝さんが年齢の近い学友として、また、世話係となる傅役にも抜擢されて、秀忠さんとは終生強い絆で結ばれる関係を築いていったもく
徳川家が天下を取ると幕府で老中、大老を歴任し、一国一城令や武家諸法度の制定に携わって幕藩体制の確立に大いに貢献したもく
幼少期からの厚遇や一代での大出世ぶりから、家康さんの隠し子説も根強くあるらしいもく

豊臣秀吉さんの子飼いの武将であった 加藤嘉明 さんは、賤ヶ岳の七本槍のひとりとして名をあげると、その後は淡路を拠点に豊臣水軍を率いて活躍したもく
同じく賤ヶ岳の七本槍に数えられた同性の加藤清正さんとは血縁はなく、武断派の切磋琢磨する同輩という関係で、また、ふたりとは豊臣家の「三加藤」と呼ばれるくくりもあり古参家臣としても知られる加藤光泰さんとは、嘉明さんが養子入りした家の実子であったことから義理の兄弟のような関係だったそうもく
天下一の山である富士山のような形をした兜を好んでかぶっていたことや、真逆の性格ともいわれる藤堂高虎さんとの関係性などから、寡黙ながらも意志が強く、激しい闘争心や負けん気を内に秘めた武将だったと伝わるもく

戦国時代も後半に入り関ヶ原の戦いに差し掛かろうとする頃に互いに武勇で名を馳せ「三勘兵衛」と称された3人の勘兵衛さんがいたもく
杉江勘兵衛さん、辻勘兵衛さん、そしてもうひとりである「渡辺勘兵衛」の名で知られるのが、渡辺了 さんもく
槍の名手として恐れられた了さんは、若い頃には既に織田信長さんから武勇を絶賛されるほどで、その腕っぷしは確かだったものの、気性が荒く自信家でもあったため、評価や手柄を巡って揉めるなどを繰り返し、度々主君を変えていくことになるもく
最も活躍が伝わるのが藤堂高虎さんに仕えた時代で、大坂の陣をはじめ数々の戦功をあげるも、高虎さんとも度々衝突し、最終的には奉公構という旧主君の許可がない限り他家への奉公ができない処分が下されて、武士としては表舞台から去ることになったもく
それでも隠居後には、彼の生き様や槍の腕を慕った門人が百人を超える数集まったそうもく

諏訪頼重 さんは、信濃国の諏訪地方を当主として治めた大名であると同時に、諏訪大社の最高神職を務め現人神としても扱われていたもく
当時の諏訪家は甲斐国の武田家と度々抗争していたけれど、武田信虎さんの時代に和睦し、頼重さんは信虎さんの娘を正室に迎えたもく
ところが、信虎さんの息子の信玄さんが、信虎さんを追放し、代わって武田家の当主となり諏訪家との同盟関係も破棄して攻め込んできたことによって、頼重さんはだまし討ちによる切腹の最期となってしまったもく
諏訪大社は古くから龍神の化身として信仰されており、信玄さんは頼重さんを討ち取ったものの、その祟りを恐れて頼重さんの娘を娶り、諏訪大社へも配慮を重ねたそうもく
しかし、のちに信玄さんは進軍の最中に病で急死となり、頼重さんの娘との間に生まれた勝頼さんの代で武田家が滅亡したため、龍神の祟りではないかと広く噂されたもく

武蔵国出身の 藤田信吉 さんは、はじめ北条家に仕えて、その後武田家、武田家が滅亡すると織田家の滝川一益さんの配下となり、本能寺の変後には上杉景勝さんのもとへと渡り歩いたもく
上杉家にいた時代に数々の武功をあげて出世を果たし、1万5千石を領する重臣となったものの、関ヶ原の戦い前夜、上杉家と徳川家の関係が逼迫する中でその対立について難色を示したため、対立路線の直江兼続さんが指揮権を握る上杉家にいづらくなり出奔したもく
上杉家が戦いの準備をしていることを徳川家に報告し、そのまま徳川家に仕えることになり、関ヶ原の戦い後に下野国西方に1万5千石の所領を与えられて大名に至ったもく

下野国の宇都宮尚綱さんに仕えた 芳賀高定 さんは、益子家の出自で、宇都宮家内の内紛後に尚綱さんの命によって芳賀家の養子となり、跡を継ぐことになったもく
尚綱さんが長年の対立関係にあった近隣の那須高資さんによって討たれると、その隙に乗じて宇都宮家内の宿老でありながら反乱分子でもあった壬生綱房さんが謀反を起こして宇都宮城を占拠したため、高定さんは、尚綱さんの子で年端もいかない広綱さんを匿って自身の居城真岡城に退避したもく
ここから高定さんは様々な謀略を巡らせ、仇敵の那須高資さんを暗殺、壬生家と組んでいた同門の芳賀高照さんも殺害し、高度な外交によって北条家や佐竹家などから援助を得て壬生家を宇都宮城から追放することにも成功して、主家滅亡の危機を救い再興を果たすという忠臣ぶりを見せたもく

鳳翔院殿 さんは、北条4代の氏政さんの正室黄梅院さんが病死したため、その継室として迎えられたもく
出自などに関する史料は現在のところまったく見つかっていないため、氏政さんのもとに嫁いでくる前のことはわかっていないらしいのだけど、当時の北条家を取り巻く情勢を考えると近隣の大名家に該当しそうな出自がないので、京都の公家の娘ではないかと推測されているもく
北条家入り後に関してもほとんど伝わっていることがなく、最期については、豊臣家による小田原征伐時に、小田原城籠城の最中に亡くなったそうだけど、同じ日には氏政さんの母の瑞溪院さんも亡くなっていることから、共に自害だったのではないかと考えられているもく

上田重安 さんは、若い頃から戦働きで多くの功をあげて勇名を馳せ、関ヶ原の戦いで西軍に属したことによる改易後に剃髪して名乗った「上田宗箇」の名でも知られる武将もく
祖父の代からの丹羽長秀さんの家臣で、長秀さんが亡くなった後は豊臣家の直臣に召し上げられると、秀吉さんの信任を得て、秀吉さんの正室ねねさんの親戚筋の娘を妻としたもく
秀吉さんのそばで千利休さんから茶を学び、千利休さん没後にはその弟子で当時天下一の茶人と言われた古田織部さんに師事し、徳川家が天下を取り太平の世になると重安さんは茶の湯を深め、今日にも伝わる茶道流派の「上田宗箇流」を創設したもく
また、優れた造園家でもあり、彼が作庭した庭園も現代にいくつも残されているもく
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今回の武将追加時にラインナップから外れるカードは下記の武将カードになりますもく









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