戦国IXA のろしのBLOG もくっ ・ε ・

スクウェア・エニックスのオンラインゲーム 【 戦国IXA 】を 応援する煙の妖怪 のろし が 戦国IXAやのろしのことをゆる~くお届けしますもく

【戦国IXA】ショカ(初夏)に開催中のキャンペーンをショーカい(紹介)シヨウカなもく

どもども 今日もおやつをもぐもぐショウカ(消化)中の のろしもく

モグモグ( ̄ε( ̄) モグモグ

 

季節が巡って新緑まぶしく 夏の入り口みたいな日も増えてきましたねもく

さて 戦国IXAではこの季節 いろいろなキャンペーン・イベントが開催中なので

ご紹介したいと思いますもく ヽ(ゝз・)9

 


まずは こちらもく

 

 

今年2020年8月に 10周年を迎える戦国IXAでは

オリジナルグッズのプレセントキャンペーンが開催中もく

 

詳細はこちらもく

https://sengokuixa.jp/campaign_10th/

 

※ グッズのサンプル写真(ゲーム運営より写真提供)



2021年1月までの毎月の抽選で当たるグッズについては

ゲーム内に 1日ログインする度に ⇒ 1口応募になるとのこと

 

また 当選した場合は ワールド選択画面や書状にて

当選の報せがあるらしいので 毎日ログインをしてみようもく!

 

 

 

そして 4月30日(木)からはじまっているのが

こちらの4つのキャンペーン・イベントもく

 
(ゝз・)つ ①

 

 

『いくさの子 -織田三郎信長伝-』とのコラボキャンペーンでは

作品内の登場人物が コラボ限定武将カードとして登場しているもく

 

原哲夫先生のサイン入り「いくさの子 -織田三郎信長伝-」単行本が

抽選で当たるチャンスも!

 

詳細はこちらもく

https://sengokuixa.jp/ikusanoko/

 


(ゝз・)つ ②

 

 

『いくさぶるの若武者大鍛錬!』では

期間中全7回の合戦においての 累計総合ポイントに応じて

ゲーム内アイテムをゲットすることができるもく

 

期間中の合戦では 

対人戦闘を行った際に 武将が獲得する経験値が2倍とのことなので

育成中の若武者(武将カード)を鍛錬してみようもく

 

詳細はこちらもく

https://cache.sengokuixa.jp/www/ixaburu_202004/

 

 
(ゝз・)つ ③

 

 

待っていた方も多いかもしれない

『あやめと!雪之丞の!武将育成集中講座』

期間中は合成に関するうれしい効果が発生するので

どんどん武将育成をすすめようもく☆

 

詳細はこちらもく

https://cache.sengokuixa.jp/www/ikusei/20200430.html

 

 
(ゝз・)つ ④

 

 

戦国IXA×BitCash 2020初夏キャンペーン第一弾』では

ビットキャッシュを 戦国IXAゲーム内で一度に利用した金額に応じて

戦国IXAのゲーム内アイテムを獲得するチャンスもく

 

詳細はこちらもく

http://bitcash.jp/docs/campaign/11891/index?ref=yg

 

 

(ゝз・)つ そのほかにも

2020年5月1日(金)00:00~5月31日(日)23:59の期間中に

戦国IXAゲーム内で金を一定以上使用すると「武将カード【童】」が必ずもらえる

『童の応援キャンペーン』が開催中もく

https://sengokuixa.jp/info.php?news_id=n5ea7ed3ee2d63

 


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https://twitter.com/noroshi_ixa
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【戦国IXA】5 月の追加武将一覧

(o´_ _)o)ペコッ (。^з^)ノ こんにちはーのろしもく


戦国IXAでは 新しい月のはじまりを前に
少しだけ早くこちらの方々が登場もく

 

5 月 の追加武将が公開されましたもく

 

追加されるのは

【 極 】 仁科盛信さん 成田長親さん 後藤又兵衛さん 藤林長門守さん

【 特 】 絶姫さん 金森長近さん 正木時忠さん

【 上 】 毛受勝照さん 

【 序 】 五味貞氏さん

以上の 9 名と 

 

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コラボキャンペーン開催を記念して

 

【 極 】織田三郎信長さん 明智光秀さん 胡蝶さん 生駒類さん

以上の 4 名が登場

 

さらに! コラボキャンペーンでは

条件達成で限定武将カード「前田慶次【童】」がゲットできる

コラボ記念クエストの登場や

 

原哲夫先生のサイン入り『いくさの子 -織田三郎信長伝-』単行本が

抽選で当たるチャンスもく

 

キャンペーンの詳細はこちらもく

https://sengokuixa.jp/ikusanoko/

 


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後藤又兵衛【 極 】、藤林長門守【 極 】 は 取引不可 で
2020年8月上旬予定のアップデートメンテナンスにてラインナップから外れるとのこともく


織田三郎信長【 極 】、明智光秀【 極 】、胡蝶【 極 】、生駒類【 極 】 は 取引不可 で
2020年6月上旬予定のアップデートメンテナンスにてラインナップから外れるとのこともく

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武田信玄さんの五男で、異母兄に勝頼さんらをもつ仁科盛信さん。

信玄さんの時代になって武田家は信濃への侵攻を本格化させ各地の名家を支配下に置いていくと、その中のひとつとなったのが安曇郡を領した仁科家で、婚姻により盛信さんが名跡を継ぎ、越後との国境警備を担ったもく

勝頼さんの時代になると敵の織田・徳川家からの攻撃がいよいよ激化し、寝返りや降伏が相次いだことでほぼ勝敗が決する中、盛信さんは降伏勧告を拒否し最後まで武田家のために戦って自害したもく

名は「信盛」とも呼ばれ、長野県歌として知られる「信濃の国」の中にその名が登場しているもく

 

 

 

近年では、のぼう様で伝わる人も多いかもしれない成田長親さんは、北条家に仕えた忍城城主・成田氏長さんの親戚筋の人物で、実際の人物像や功績については目立った話は伝わっていないが、自身が中心にいたであろう忍城の戦いが有名もく

豊臣秀吉さんの小田原攻めの際、城主・氏長さんは小田原加勢により不在、後を任された長親さんの父も開戦前後に亡くなったようで、城代の座が長親さんに巡ってきたが、対した相手はなんと秀吉さんの側近中の側近・石田三成さんが率いた2万を超える軍勢。

敵は全長28キロとも言われる堤防・石田堤を築いて水攻めを仕掛けてきたが持ち堪え、北条家の支城が次々と落ち小田原城も降伏するという状況の中にあって唯一城を守り抜いたもく

守れた理由には諸説あるが、長親さんが本当に物語の主人公にもなれるような人柄であって、民が協力したのではないかという見方もあるらしいもく

 

 

 

幼少期に父を亡くし、黒田官兵衛(如水)さんのもと、養子のように育てられた後藤又兵衛さんは、官兵衛さんの薫陶を受けて家内屈指の猛将へと成長していったもく

官兵衛さんが有岡城に幽閉された際に家内が結束しようと動く中、後藤家親族にそれに従わない様子があったため、一族追放によって又兵衛さんも一時離反となって、仙石秀久さんに仕えたこともあるもく

豊臣家の九州征伐に従軍後、黒田家に帰参し、朝鮮出兵関ヶ原の戦いで活躍したが、官兵衛さんが死去すると、その実子・長政さんとは因縁浅からぬ仲であったのか、再び黒田家を離れることになり浪人生活を余儀なくされる。

そうした中で始まった大坂の陣に豊臣方として参戦し、五人衆の一人に数えられると、摩利支天の再来とも評される大活躍を見せたが討死してしまったらしいもくぅ

 

 

 

藤林長門さんは、服部半蔵さん、百地丹波さんと共に伊賀の三大上忍と呼ばれるが、その職種の特性上、人物像や経歴のほとんどが謎に包まれている人物もく

甲賀との境となる地域を支配していたため、伊賀と甲賀の双方に影響力を持っていたとも言われ、また、今川義元さんに雇われていたことがあって、その時に武田家の山本勘助さんに忍術を教えたという記録があるらしいもく

現代には、後世になって子孫が著した「万川集海」が三大忍書のひとつとして伝わっていて、伊賀の地には一族の墓碑が残っているんだってもく

 

 

 

関白・近衛前久さんの妹・絶姫さんは、上杉謙信さんが上洛した折に兄と親しくなったことがきっかけで、謙信さんに一目惚れした、あるいは兄によって結婚を勧められたと言われているもく

謙信さんが生涯独身であったことは有名で、この時もやはり丁重に断ったようだけれど、絶姫さんの想いは強いものとなっており、男装をしてまで関東に追いかけてきたという逸話が伝わっているもく

絶姫さんは美しかったそうで、男装によって大層な美少年に扮したらしく、謙信さんも一時興味を示したが結局結ばれることはなく、そのショックが大きかったのか彼女はその翌年に病死してしまったもくぅ

 

 

 

金森長近さんは、美濃源氏土岐家の支流の出自であると言われ、信秀さんの時代から織田家に仕えたもく

信長さんの時代になると小回りを必要とする場面などで重用され、美濃攻略で武功をあげて赤母衣衆に抜擢されると、その後に続く戦いでも活躍したことで信長さんから長の字を賜り、長近と名乗るようになったもく

本能寺の変後は、北陸方面軍に属していた縁もあって、はじめ柴田勝家さんに従ったが離脱し、豊臣秀吉さんに降伏。

以降は豊臣家の主立った戦いに従軍し、功を重ねて飛騨一国を預ると、その地を平定したもく

晩年に秀吉さんが亡くなると関ヶ原の戦いには東軍として参戦、三英傑のもとを渡り歩いて巧みに戦国時代を生き抜いたもく

 

 

 

安房国の里見家と共に房総半島で勢力を誇った安房正木家の一族で、勝浦正木家の当主であった正木時忠さん。

槍大膳と称された兄・時茂さんに従い、里見方として武田家や北条家と争い、多くの武功をあげたもく

時忠さんは外房の海賊集団を掌握しており、勝浦も要津であったため水夫の動員も行えたことから、里見水軍における有力者であったと推測されているもく

兄の死後は正木家存続のために一時北条家に与したが、思うように支援を得られなくなると、やがて里見家のもとに帰参したと伝わるもく

 

 

 

毛受勝照さんは、柴田勝家さんに幼少期から小姓として仕え、小姓頭となった後、合戦でも活躍する武将に育った人物もく

長島一向一揆を攻めた際、柴田家の馬印が敵に奪われ、勝家さんはその失態を恥であるとして敵陣に突入し討死しようとするも、それを制止して馬印を取り戻したのが勝照さんだそうで、その活躍によって勝家さんから勝の字を賜ったと伝わっているもく

本能寺の変後の賤ヶ岳の戦いにおいて柴田家が敗れると、その場での討死を覚悟した勝家さんをここでも諫めて、兄と共に自身がおとりとなり、主君らの脱出時間を稼いでの最期となったもく

その忠義を敵将の豊臣秀吉さんも称賛し、毛受兄弟の首を母のもとに届けたと言われているもく

 

 

 

五味貞氏さんは越前の浪人で、長篠の戦いにおいて、長篠城を包囲・監視するために築かれた5つの砦のひとつ中山砦に武田方として布陣したが、徳川家の重臣酒井忠次さんらの奇襲攻撃によって討死したらしいもく

そのお墓が現在も首塚として残っているのだけれど、討死した場所からは不自然に離れているため、中山砦から逃げる際、または何らかの事情により武田家本陣に向かう折に討死したのか、あるいは塩瀬久兵衛さんという人物がそこまで首を運び埋めたという説もあるようで、謎の塚と呼ばれているらしいもく

 

 

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©原哲夫北原星望コアミックス 版権許諾証CGF-400

 

 詳細はこちら

https://mangahot.jp/site/works/z_R0007

 

 

織田三郎信長
吉法師が元服して信長と名乗る。うつけを演じることで周囲から警戒されないようにしている。

 

 

 

明智光秀
斎藤道三の夫人・小見の方を叔母に持つ道三の家臣。頭脳明晰で冷静沈着。

 

 

 

胡蝶
斎藤道三の娘。信長の正室病弱なため外に出ることは少ない。

 

 

 

生駒類
豪商・生駒家の娘。後に信長の世継ぎ信忠の生母となる。気が強く男勝り。

 

 

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今回の武将追加時にラインナップから外れるカードは下記の武将カードになりますもく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【戦国IXA】4 月の追加武将一覧

こんにちは のろしですもく ヾ(o・ε ・o)

 

いつもだったら

新生活が始まるよ 桜もきれいだね という季節ですが

今年はなかなか大変ですねもく

早く日常が戻ってきて みんなも健康でいられることを願っていますもく

 

 

さて 戦国IXAでは

4 月 の追加武将が公開されましたもく

 

 

追加されるのは

【 極 】 本多正純さん 冬姫さん 蒲生氏郷さん 長尾景春さん

【 特 】 上条政繁さん 河田長親さん 蠣崎季広さん

【 上 】 尾関正勝さん 

【 序 】 室賀正武さん

以上の 9 名


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蒲生氏郷【極】、長尾景春 【 極 】 は 取引不可 で

2020年7月上旬予定のアップデートメンテナンスにてラインナップから外れるとのこともく

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本多正純さんは、本多正信さんの嫡男で、徳川家康さんに重用された父に続き、関ケ原の戦い前後に頭角を現すと、家康さんの側近中の側近として活躍していくことになった人物もく

関ケ原の戦い後には石田三成さんの身柄を処刑までの間預かったり、徳川幕府誕生後には幕政を主導するなど重要な役割をこなし、智謀にも優れて、家内で随一の権力を誇るに至ったが、反面その権勢欲を二代将軍秀忠さんや、その側近からは疎まれたとも言われ、後ろ盾でもあった父や家康さんが没すると、嫌疑を突きつけれて失脚してしまうもくぅ

 

 

 

織田信長さんの次女で、蒲生氏郷さんの正室冬姫さん。

母は、最近大河でも話題の帰蝶さんではなく、側室であった人物と言われるが、出生も含めて幼少期については不明な部分が多いもく

信長さん一族同様、大変な美貌、器量の持ち主であったためか、信長さんがその才を大層評価していた氏郷さんとの婚約が早々に決まったそうで、秀吉さんの時代には会津の大名にもなる夫をよく支えたが、夫、子、そして孫までも早くに亡くすことになる波乱の人生だったみたいもく

 

 

 

六角家の重鎮・蒲生家の三男として生まれた蒲生氏郷さんは、六角家滅亡により人質として織田家に差し出されると、そこで出会った信長さんにその才を気に入られ、上記の冬姫さんとの婚約など寵愛を受け、信長さんの主要な合戦に参加し活躍したもく

本能寺の変後は豊臣秀吉さんに臣従し、後に移封により会津92万石の大名となるが、この移封については諸説あって、信長さんも認めたその才を秀吉さんが恐れて中央から遠ざけたといったものや、奥州仕置の要たる重要地を任せられる人物は他にいないからといったものなど様々もく

いずれにせよその能力は確かであったようで、若くして亡くなってしまったのが惜しまれる人物もく

会津発展の基礎を築き、郷土玩具の起き上がり小法師なども作らせたと言われるもく

 

 

 

戦国時代黎明期の関東は、関東管領山内上杉家らと、関東公方・足利家が争った享徳の乱による動乱が長く続いていたもく

山内上杉家では代々、家宰が置かれていて長尾一族が務めていたが、動乱の影響もあって当時その役割を分家筋の白井長尾家が2代続けて担っていたもく

そして祖父、父に続き当然自身が務めることになるであろうと思っていたのが、長尾景春さん。

しかしその人事は叶わず、不服として反乱を起こすと、山内上杉家当主・上杉顕定さんの軍を打ち破ったもく

敵であった関東公方・足利家とも結び、さながら下剋上の様相を呈し、膠着状態にあった関東の情勢を動かしたが、太田道灌さんの活躍により鎮圧へと向かう。

ところがそれも一時のものとなり、道灌さんが暗殺されると、景春さんの反乱を引き金とした混沌は再び息を吹き返し、関東での戦国時代の幕開けへと近づいていったもく

 

 

 

上条政繁さんは、上杉謙信さんの家臣として活躍し、上杉家内において4番目となる勢力を誇っていたらしいもく

謙信さんが亡くなった後の後継者争い・御館の乱では、上杉景勝さんに味方し、勝利となった戦後には重臣的な立場になったものの、次第に景勝さんまたはその側近・直江兼続さんとの関係が悪くなったのか、上杉家を出奔してしまうもく

その後の活動については、出自である能登の畠山姓に戻し、豊臣家や徳川家に接近したようだけれど、それらは本人の足取りであるとも、あるいは、本人は上杉一族の出自であって出奔後に亡くなっており、畠山家から養子にとっていた人物の足取りであるとも言われていて、複数の説が存在しているもく

 

 

 

河田長親さんは近江国出身で、上洛途中に日吉大社を参拝していた長尾景虎さんと偶然出会い、その美貌や器量を認められ側近として取り立てられた人物もく

奉行職を歴任しその才が確かであることを示すと、景虎さんが上杉家を相続し謙信さんと名乗り始めた頃には、長尾の姓が与えられる程に出世。

長尾を名乗ることは辞退したが、越中方面の指揮を託されるなど躍進ぶりはとどまるところを知らず、その勢いにあやかろうと近江の河田一族がこぞって越後に移住してきたと言われているもく

しかし、謙信さんの急死によって状況は一転、家内は後継者争いに揺れ、自身も好機として攻勢を強めた織田信長さんからの侵攻に苦慮し、やがて織田軍との一進一退の争いの最中に、謙信さんの後を追うように若くして病死してしまったもくぅ

 

 

 

津軽の安東家配下で蝦夷を拠点とする蠣崎家の第5代当主、蠣崎季広さん。

父の代ではアイヌとの抗争を繰り返したが、自身の代になると和睦をはかり、アイヌとの交易を独占すると、道南地方の支配権を確かなものとしたもく

また、財産も分け与えたことから、アイヌの言葉で素晴らしい友という意味であるカムイトクイと呼ばれたらしいもく

さらに、13人の娘達を安東家をはじめとした奥州の諸大名家へと嫁がせて婚姻関係を結ぶなど、着実に勢力を拡大させていったもく

息子に家督を譲り早くに隠居するが、息子もまた堅実な手腕を発揮し安東家から独立すると、豊臣、徳川の時代においても所領を安堵されたもく

 

  

父・尾関吉次さんと共に福島正則さんに仕えた尾関正勝さんは、福島家の重臣として豊臣秀吉さんの天下取りの主だった合戦に従軍。

武勇に長け先鋒を務める機会も多く、小田原征伐の折の韮山城攻めでも一番乗りの戦功を挙げたが、銃弾を受けて隻眼となったと伝わるもく

福島正則さんが関ケ原の戦いで東軍についた功により安芸入封後は、山陰山陽を結ぶ交通の拠点三次に配置されると、城を構えた山はその名にちなみに尾関山と呼ばれ、現代においても公園として残っているもく

 

 

 

室賀正武さんは信濃の国衆で、元々は村上家の系譜に連なる一族であったようだけれど、村上義清さんが武田信玄さんに敗れた後に武田家家臣に加わったみたいもく

信玄さんが亡くなり武田家も滅亡すると、信濃では勢力争いが活発化して、その中で近隣の真田昌幸さんが台頭。

衝突は避けられず戦いになったが、程なく和睦。

しかし実質真田家配下となった状況に正武さんは納得していなかったようで、真田家と徳川家の関係がちょうど悪化していたこともあって、家康さんから昌幸さん謀殺の命を受けると、実行に移すのだが反対に・・・

だまれ こわっぱ!!  びくーぅ! ∑((゚ε゚;) …の、のろしは…ば、バブちゃんですもく…

 

 

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今回の武将追加時にラインナップから外れるカードは下記の武将カードになりますもく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【戦国IXA】3 月の追加武将一覧

こんにちは のろしですもくっ

 

この冬は暖冬だったイメージだけど、

それでも冬のあとに訪れる春は待ち遠しいものですねもく (●´ε`●)ウキウキ

 

そんな春のはじまりに

 

3 月 の追加武将が公開されましたもく

 

追加されるのは

【 極 】 宗義智さん 伊勢龍姫さん 宇喜多秀家さん 上杉顕定さん

【 特 】 河尻秀隆さん 片桐且元さん 宍戸隆家さん

【 上 】 長谷川秀一さん 

【 序 】 三村家親さん

以上の 9 名


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宇喜多秀家【極】、上杉顕定 【 極 】 は 取引不可 で
2020年6月上旬予定のアップデートメンテナンスにてラインナップから外れるとのこともく

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宗義智さんは、対馬国を支配した宗家の第二十代当主で、対馬府中藩の初代藩主となった人物もく

豊臣秀吉さんによる九州征伐の際は、秀吉さんに従い対馬一国を安堵されたもく

文禄・慶長の役や、そこに至るまでの段階で、たびたび明や朝鮮との交渉を命じられ、講和交渉に奔走したといわれているもく

関ヶ原の戦いで西軍に与した義智さんは、戦後、徳川家康さんから、文禄・慶長の役で悪化した朝鮮との関係を修復するように命じられ、ここでも交渉に尽力し、慶長14年に和平条約を成立させたもく

 

 

 

伊勢龍姫さんは鍋島直茂さんの娘で、夫は鍋島茂里さんもく

夫の茂里さんはもともと龍造寺家の家臣だったんだけど、男子に恵まれなかった鍋島直茂さんが、その才器を見込んで養子に迎え、伊勢龍姫さんに娶せたと伝わっているもく

だけど、のちに直茂さんに嫡男勝茂さんが生まれたため、直茂さんのあとを継ぐことはなく、別家を立てたんだってもく

茂里さんは文禄・慶長の役や柳川の戦いで活躍する一方、佐賀城の築城や名古屋城の普請などでも活躍し、さらには内政や外交でも能力を発揮して佐賀藩の基礎を築いたといわれているもく

 

 

 

備前国岡山城主である宇喜多直家さんの次男として生まれ、豊臣政権下では五大老の一人となった宇喜多秀家さん。

豊臣秀吉さんの「秀」の字を与えられて秀家と名乗ったり、前田利家さんの娘で秀吉さんの養女となっていた豪姫さんを正室に迎えるなど、秀吉さんの寵愛を受けていたことがうかがい知れるもく

関ヶ原の戦いでは西軍の主力として奮戦したものの、西軍は破れてしまったため宇喜多家は改易となり、秀家さんは八丈島で流人として余生を過ごすこととなったもく

 

 

 

越後上杉家の当主である上杉房定さんの子として生まれた上杉顕定さんは、山内上杉家当主で関東管領職にあった上杉房顕さんが亡くなると、その後継に迎えられ山内上杉家十一代当主となったもく

享徳の乱長享の乱などの争乱がつづく険しい情勢の渦中にあって、40年以上もの長いあいだ関東管領を務めたもく

かつて敵対していた古河公方足利成氏さんの子で、顕定さんが養子として迎えていた上杉顕実さんが、顕定さんの没後そのあとを継ぐも、同じく顕定さんの養子である憲房さんとの対立が内乱に発展し、山内上杉家は徐々に衰退していったもく

 

 

 

河尻秀隆さんは早い時期から織田信秀さんに仕えた織田家の家臣で、織田信長さんの代になってからも、黒母衣衆の筆頭を務めるなど厚い信任を得ていたもく

桶狭間の戦いをはじめ、美濃国侵攻や伊勢北畠家との戦いなど、信長さんがおこなった戦いに数多く参加し、信長さんの嫡男織田信忠さんの補佐役に任命されてからも、長篠の戦いで信忠さんに代わって指揮を執るなど、織田家において重要な存在であったことがうかがえるもく

そして信長さんが甲斐の武田家を征伐すると、秀隆さんは甲斐一国を与えられ甲斐国府中城主となったもく

しかし、そのわずか二ヶ月ほどのちに本能寺の変が起こり、甲斐では勢いを得た武田家の残党が蜂起し、秀隆さんは間もなく戦死してしまったもく

 

 

 

賤ヶ岳の七本槍」の一人にかぞえられる片桐且元さんは、もともと近江浅井家の家臣で、浅井家滅亡後、秀吉さんに仕えたもく

賤ヶ岳の戦いでは福島正則さんや加藤清正さんたちと共に、秀吉さんからその功を賞されたけれど、且元さんはむしろ作事奉行や検地奉行など、文官としての能力に恵まれていたみたいもく

関ヶ原の戦いのあとは徳川家康さんの信任を得て豊臣家の家老に任じられるも、豊臣徳川両家の思惑に挟まれながら調整に奔走しなければならないという苦しい役回りを演じることとなったもく

 

 

 

一時期は、安芸国において毛利家と肩を並べるほどの有力国人領主であったといわれる宍戸家に生まれた宍戸隆家さん。

宍戸家は所領が隣接する毛利家と争いを繰り返していたけれど、隆家さんの祖父宍戸元源さんと毛利元就さんの代に和睦し、隆家さんは毛利元就さんの次女を妻に迎えることになったもく

毛利家の家臣となった隆家さんだけれど、吉川元春さんや小早川隆景さんらと同格の一門として重く扱われ、隆家さんもその期待に背くことなく忠節を尽くしたといわれているもく

 

 

 

長谷川秀一さんは、織田家家臣の長谷川与次さんの子としてうまれ、はじめ織田信長さんに小姓として仕えたといわれているもく

のちに織田家奉行衆として活躍し、浄土宗と日蓮宗のあいだでおこなわれた安土宗論の際にも、警護役や調停役を命じられているもく

本能寺の変が起きたときには、堺を見物する徳川家康さんに案内役としてつきしたがっており、そのまま家康さんと行動を共にして畿内を脱出したもく

豊臣政権下では秀吉さんの家臣となり、特に紀州征伐で武功を挙げたと伝わっているもく

 

  

 

備中の国人領主だった三村家親さんは、守護である細川家が衰えていくなか勢力をひろげ、知勇兼備の名将といわれたもく

家親さんが、尼子家と尼子家を頼る敵対勢力に対抗するため毛利元就さんを頼ることになった際、家親さんのことを高く評価していた元就さんは、その申し出を喜んだと伝わっているもく

毛利家に属してさらに勢力を拡大していった家親さんだったけど、宇喜多直家さんが放った刺客に鉄砲で狙撃され、この世を去ってしまったもく

 

 

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今回の武将追加時にラインナップから外れるカードは下記の武将カードになりますもく

 

 

 

 

 

 

 

  

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【戦国IXA】「 雷雲黎明 ~ 三千世界ノ驍将 ~ 」 新天情報

(σ。ゝз・)σ  こんにちは のろしもく~

 

もうすぐ春だけど 春は出会いの季節 

新しい巡り合わせやご縁などにも心躍るもくね ♪

 

戦国 IXA でも ワクワクドキドキ

2020 年 2 月 14 日( 金 ) 新たな舞台が・・   ☆彡 キラン 開幕もく!!!

 

 「      ~  三千世界ノ驍将  ~ 」

 

↓↓ 新たな舞台の詳細はこちらもく 

https://sengokuixa.jp/season19/

 

そして とっても とっても と~~~っても気になる 

新 【 天 】カードとして登場するのが こちらの大殿 12 名もくーーーっ!!

 

 

 

 

蘆名盛氏さんは16代当主で、合戦や外交の才、金山開発などで蘆名家の全盛期を創りあげた人物もく

父から家督を継ぎ、対立していた山内家を討って会津での勢力を拡大させると、奥羽全土を巻き込んだ伊達家父子の争い天文の乱では、はじめ稙宗さん方についたが、さらなる勢力拡大のための目下の敵・田村家もまた稙宗さん方についたため晴宗さん方に転じると、巧みな立ち回りで形成を優位にし勝利をもたらしたもく

そんな活躍によって会津での地位はより強固となり、武田信玄さんや北条家からも名将と認められて頼られると、隣国の上杉家、佐竹家との戦いにも怯まぬ存在に至ったもく

 

 

 

山陰の覇者、尼子家中興の祖で「謀聖」と呼ばれた尼子経久さん。

出雲守護代の嫡男として生まれ、家督相続後に中央政権を無視した独自の権力基盤を築こうとするも失敗し、守護代の職を剥奪されることになる。

しかしそこから、「謀聖」とも称されるほどの謀略にて守護代に返り咲き、さらには事実上の守護の座につく下剋上によって、中国地方の実に11カ国に支配が及ぼうかというほどの一大勢力を築いたもく

物に対しては執着がなく、家臣から何か物を褒められるとそのままその物を与えてしまう「天性無欲正直の人」だったということも伝わっているもく

 

 

 

関東管領職を代々務める名門・山内上杉家に生まれ、自身も関東管領となった上杉憲政さん。

憲政さんの時代の関東はまさに覇権を巡る戦乱真っ只中、北条氏康さん、武田信玄さんら同世代の名将達と激しく争ったもく

特に北条家については、山内上杉家と長年の抗争関係にあった扇谷上杉家までも含んだ関東大連合軍で臨んだが敗れてしまった河越城の戦いや、居城・平井城を落とされるなど、因縁深い関係にあったもく

そんな台頭著しい北条家の勢いを前にして頼ったのが、越後の長尾景虎さんで、景虎さんを養子とし関東管領職を譲ることで誕生したのが、上杉謙信さんもく

その後、北条家から上杉家に養子・上杉景虎さんを迎えるなど時代は流れ、自身は謙信さんより長生きしたのだけれど、家督争いの御館の乱では、その北条家ゆかりの景虎さんに協力したことで亡くなるという皮肉な最期になってしまったもくぅ
 

 

 

武田信虎さんは、信玄さんの父で、甲斐を統一し戦国大名としての武田家の礎を築いた人物もく

武田家は甲斐の守護を代々務めていたが、信虎さんが家督を継いだ時には、先の戦乱や家督争いの影響により国内は乱れていたもく

近隣の今川家や当時新興勢力の北条家からの脅威にも度々さらされるなど厳しい状況下にあったが、戦に戦を重ね、今川家勢力の福島正成さんの侵攻を退けその力を誇示すると、甲斐の統一に至る。

国内に残った反乱勢力を力で押さえつけ、きびしい政治やさらなる戦によって躍進したが、その暴君ぶりが災いとなったのか、あるいは重い経済負担と凶作に苦しむ国内の声に答えたのか、親子関係の乱れなのか、後に息子の信玄さんにより追放されてしまうもく

 

 

 

北条早雲さんの子で北条家2代当主・北条氏綱さんは、伊豆、相模からの領国拡大を図り、武蔵、下総へと進出し、武田信虎さんや扇谷上杉家らと争ったもく

また、国主としての正当性を示すために、伊勢の名から、鎌倉幕府執権職を継承していた一族・北条の名に改姓したのも氏綱さんの時代で、小田原に本拠を移し、虎の朱印の使用や善政によって領民支持を集め、積極的な人材登用と支城体制の確立など、関東での北条家躍進の礎を築いていったもく

まだまだ戦乱の収まる気配がない中で病に倒れると、息子の氏康さんを心配し、「勝って兜の緒を締めよ」を含む五か条の訓戒を遺したもく

 

 

 

第8代当主で伊勢国司でもあった北畠具教さんは、家督を継ぐと、長野家や九鬼家など争っていた周辺勢力を押さえ、北畠家の最盛期を築き上げたもく

嫡男に家督を譲って隠居した後も実権は握っていたと伝わっており、上洛し勢いに乗っていた隣国・織田信長さんの侵攻に対して、天然の要塞と言われた大河内城に籠城し抵抗したもく

信長さんも手をこまねいたのか、和睦という形で終戦し、織田家からの婿養子を迎え入れたことで具教さんの実権もしばらく続いたが、武田家と通じていることなどが露見し、最期は襲撃により暗殺されてしまったもく

剣術を好み、塚原卜伝さんや上泉信綱さんから剣を学ぶなど剣豪との交流も盛んで、その腕前は相当なものだったらしいもく 

 

 

 

今川氏親さんは、幼少の頃に父が戦死し、家督争いに巻き込まれたもく

父の死に関連して幕府への反逆者という見方をされるようになると、家督争いでは堀越公方の執事・上杉政憲さんや扇谷上杉家の家宰・太田 道灌さんの介入も加わり、苦しい立場に追い込まれる。

そこで頼ったのが母方の親戚である北条早雲さんで、助けを受け9代当主になると、今度は反対に北条早雲さんの関東進出の手助けをしたもく

その後は、遠江・斯波家や甲斐・武田家との対立など戦渦に身を置き、遠江平定を達成した折に検地を実施すると、病に伏し死を前にした頃には戦国時代の代表的な分国法の「今川仮名目録」を制定するなど、今川家の戦国大名としての色合いを濃いものにしていったもく

 

 

 

近江守護を務めた名門六角家は、定頼さんとその子・六角承禎さんの時代に最盛期を迎えており、承禎さんの姉妹は各地の名門に嫁いでいて、相手の中には管領細川晴元さんもいたため、室町幕府に加担し三好長慶さんとの中央政権の争いに参戦していたもく 

中央での戦いは一進一退あったが、近江の地では一時、浅井家を支配下に置くなどその力は確かなものだったもく

承禎さんは早々に隠居し、嫡男・義治さんに家督を譲ったが、浅井長政さんの台頭や、家臣団の不信を生んだ観音寺騒動を機に雲行きが怪しくなると、上洛を開始した織田信長さんとの闘いでの大敗が決定打となり、六角家の戦国大名化の途は絶たれてしまったもくぅ

承禎さんは弓馬の名手で、家臣であった吉田重政さんから日置流弓術を伝授されたと伝わっているもく

 

 

 

土佐の一条家は公家で、応仁の乱の際に中央から下向し土着したが、高い官位を保持し、周辺勢力を圧倒する盟主的立場であったもく

房基さんの時代には勢力拡大の動きがさかんに見られたが突如謎の自殺、その後を若干7歳にして継いだのが一条兼定さん。

周辺外交や伊予への進出、大友宗麟さんの娘を娶り婚姻同盟を結ぶなど、父同様に勢力拡大を狙ったが、それを良しとしなかった毛利家や、四国の覇権争いの新興勢力となっていた長宗我部家の前に大敗を重ねてしまったもく

暗君としての逸話も残るなど、土佐一条家戦国大名化を失敗させたという評価がある一方で、再起を図った際にも一定の人数が集まるなど求心力のあった人物だったのではという評価もあるもく

義父の影響を受けてキリシタンとなったことも知られているもく

 

 

 
父・忠良さんと共に戦国大名島津家・中興の祖と称えらえる島津貴久さんの人生は戦いの歴史だったもく

薩摩、大隅、日向の守護を担っていた島津家だか、室町時代末期には当主の早逝や一族内の独立の動きなどが続き、本家の地盤が揺らいでいたもく

そこで白羽の矢が立ったのが分家である貴久さん達で、長い一族内での混乱を制し、貴久さんが正式に守護を引き継ぐ形となり、分家出身者に難色を示していた薩摩の国人衆も実力で押さえて薩摩統一を果たすと、中央政権からも認められる存在に至ったもく

大隅、日向の平定も悲願として戦いは続き、その遺志は子である四兄弟へと引き継がれたもく

また、旧来より海外交易を行っていた島津家だったためか、貴久さんは鉄砲をはじめて実戦で使った戦国大名とも言われているもく

 

 

 

豊後の戦国大名キリシタン大名としても有名な大友宗麟さん。

当主であった父と正室の母の間の嫡男として生まれたものの、父が側室の子を溺愛したため廃嫡の危機にさらされたが、二階崩れの変によって当主を引き継いだもく

そして、対立していた大内義隆さんの死をきっかけに、北九州の大内家従属勢力を囲い込むと、肥後の菊池家を滅ぼすなど、一時は九州最大の勢力を誇ったもく

キリスト教をはじめ、新しい文化の受け入れに寛容であったため、南蛮貿易などで繁栄を築くが、一方でキリスト教保護によって家臣団や領内の反発を招くなど、大友家衰退のきっかけも作ってしまったと言われるもく

 

 

 

龍造寺家ははじめ肥前の小大名で、龍造寺隆信さんはさらにその分家出身であったが、一代にして九州三強の一角にのし上がった稀代の人物もく

曽祖父・家兼さんの援助を受けて家督相続後、男性が絶えた本家の家督も継ぐと、当時西国随一と言われた大内義隆さんと手を結んだり、九州三強の一角・大友家と接近するなどで急速な勢力拡大を行い、肥前統一を成し遂げたもく

拡大の手は緩むことなく、耳川の戦いで大友家が大敗をしたことを機に大友家の領地を次々と奪って戦国大名としての立場を確かなものにすると、肥前の熊」とも評された冷酷で粗暴な一面が迅速な決断力を生んで成果を重ねたが、晩年はその一面が悪い方に反映されて醜行が目立ったと伝わるもく

 

 

 

どの方も 流石に迫力や貫禄があるもく

|緊張|ョ゚з゚;)ドキドキ  で、できれば 敵国ではなく 

素敵なご縁ということでお会いしたいので

いくさぶる! お、おお、 のやつをよろしくもくよ~ぅ

 


なお

蘆名盛氏【 天 】  尼子経久【 天 】  については取引不可とのこと

 


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今回の武将追加時にラインナップから外れるカードは下記の武将カードになりますもく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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