戦国IXA のろしのBLOG もくっ ・ε ・

スクウェア・エニックスのオンラインゲーム 【 戦国IXA 】を 応援する煙の妖怪 のろし が 戦国IXAやのろしのことをゆる~くお届けしますもく

【戦国IXA】6 月の追加武将一覧

こんにちは 本格的な雨のシーズンも近づき

おしゃれなレインブーツが気になっている のろしもく ジー( ・з・) 』』

そして戦国IXAでは

こちらもとっても気になる (・ε・ )ジー .。oO( もく!?…スキル名の文字数が!?)

 

  6 の 追加武将 が 公開されました もく

 

追加されるのは

【 傑 】 生駒吉乃さん

【 極 】 板部岡江雪斎さん 百武賢兼さん 森本儀太夫さん 南光坊天海さん

【 特 】 九戸実親さん 督姫さん 秋月種実さん

【 上 】 佃十成 さん 

【 序 】 各務元正さん

以上の 10 名

 

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森本儀太夫【 極 】、南光坊天海【 極 】

取引出品・譲与不可で

2022年9月上旬予定のアップデートメンテナンスにてラインナップから外れるとのこともく

 

生駒吉乃【 傑 】は取引出品・譲与不可とのこともく

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▼レアリティ【 傑 】について

https://sengokuixa.jp/new_rarity/

 

織田信長さんが最も愛した女性といわれるのが、生駒吉乃 さんもく

吉乃さんは、交通の要所であった尾張国小折の地で、商いあるいは土地の有力者として冨を築いていた家に生まれたもく

生駒家の屋敷には様々な土地の人の出入りがあったようで、尾張統一を目指していた当時の信長さんもそんな生駒家の財力や情報力を求めて訪れたそうもく

信長さんといえば正室帰蝶さんが有名であるけれど実子には恵まれなかったことも関係するところなのか、吉乃さんに出会い恋心を抱くと足しげく屋敷に通い、諸説はあるものの、やがて二人の間には後継者となる信忠さんを含む三人の子が生まれたもく

出産後も屋敷で暮らしていた吉乃さんは、三人目の徳姫さんを産んだ後に体調を悪くしてしまい、そのことを知った信長さんは正室と同様あるいはそれ以上の処遇で扱ったけれど、甲斐も虚しく亡くなってしまったもく

 

 

 

北条得宗家の子孫とされる田中泰行さんの子 板部岡江雪斎 さんは、真言宗の僧となっていたところを北条氏政さんに見いだされ、北条家の家臣である板部岡家の家督を継ぐこととなったもく

弁舌に優れた江雪斎さんは北条家の外交僧として活躍し、徳川家康さんと北条氏直さんのあいだに信濃国をめぐる対立が生じた際には、氏直さんの名代として和睦交渉に奔走し、家康さんの娘である督姫さんを氏直さんの正室に迎えいれるという、北条家に有利な和睦を成立させたもく

豊臣秀吉さんによって北条家が滅ぼされると、江雪斎さんは秀吉さんに対して命乞いもせずに鮮やかな弁舌をふるい、その潔さに感心した秀吉さんは江雪斎さんをゆるし、御伽衆にくわえたもく

秀吉さんの命により、江雪斎さんは姓を「岡野」とあらため、その子孫は旗本として江戸時代も存続したもく

 

 

 

百武賢兼 さんは、肥前国龍造寺隆信さんの優れた家臣として称される龍造寺四天王や両弾二島のいずれにも名を連ねた勇将もく

龍造寺家の再興を託され肥前統一までも果たすこととなる隆信さんの躍進を支え各地を転戦し、百人並みの武勇の持ち主であると評されて主君より百武姓を賜ったと伝わるもく

また、義にも厚かったようで、先代の龍造寺家が助けられて恩のあった蒲池家を攻めることになった際には涙を流し主君に背く形になっても出陣を拒み続け、一方で最期まで主君を支える意志も貫いて沖田畷の戦いで追い詰められる隆信さんを必死に守ろうと奮戦し討死したもく

 

 

 

若い頃より加藤清正さんに仕え、飯田覚兵衛さん、庄林隼人さんと共に加藤家三傑と呼ばれたのが 森本儀太夫 さんもく

文禄の役では、「亀甲車」と呼ばれる城壁破壊兵器を考案したといわれ、この兵器は板で囲いその上に大量の牛皮を張った装甲車で、通常の矢や岩はおろか火矢すらも防ぐ亀の甲羅のような堅牢さを誇り、儀太夫さんもこれに乗り込んで難攻不落だった敵城へと突進し一番乗りを果たしたんだってもく

また、土木事業や築城技術に長け、熊本城や江戸城の築城でも才を発揮したそうもく

 

 

 

南光坊天海 さんは天台宗の僧で、宗教を政治にも利用しようと思案した徳川家康さんの知恵袋として活躍し、徳川将軍家三代に仕えて江戸幕府初期の朝廷政策や宗教政策に深く関わった人物もく

陰陽道・風水にも造詣が深く、一説では幕府の本拠地を古代中国の「四神相応」の考えをもとにして江戸に選定したともいわれているもく

その前半生はわかっていない部分が多く、陸奥国の蘆名家が出自だとも考えられているが、百歳を超える長寿だったとされることをはじめとして、数々の怪奇な逸話などから後世のフィクションに登場することもしばしばで、歴史のロマンとして、その正体は生き延びた明智光秀説などが語られる事も少なくないみたいもく

 

 

 

九戸実親 さんは南部家の有力家臣であり、当主の晴政さんの次女が正室という親戚関係でもあったもく

晴政さんには男児がいなかったため跡取り候補として、長女の婿養子に石川信直さんが迎えられていたけれど、その後実子として嫡男の晴継さんが誕生すると次第に信直さんは疎まれるようになったそうもく

その状況には実親さんも関わっていたともいわれるが、そんな中で晴政さん、そして晴継さんが相次いで亡くなってしまい、南部家は長女の夫と次女の夫による後継者争いに揺れることになるもく

結果、後継者は長女の夫の信直さんとなり、それに納得できない実親さんは兄の政実さんと共に南部家と対立したが、この反乱が奥州仕置後の豊臣政権に対する反乱とも見なされてしまい討伐軍が派遣されて斬首となったもく

 

 

 

督姫 さんは、徳川家康さんの次女で、母は側室であった西郡局さんもく

はじめ、織田信長さんが亡くなり無主状態となった甲斐国信濃国などでの徳川家康さんと北条氏直さんの領土争いの和睦のために、氏直さんの正室として嫁いだもく

夫婦仲は悪くなかったようだけれど、豊臣秀吉さんの小田原征伐の後に氏直さんが亡くなってしまったので家康さんのもとに戻り、その後、秀吉さんの強い仲立ちによって池田輝政さんと再嫁し、のちにいずれも藩主やその妻となる五男二女をもうけたもく

輝政さんは徳川家の時代に姫路藩初代藩主になるなど「西国将軍」と称される大出世を果たすが、子の代も安泰となるほどの家の繁栄は、督姫さんの力があってこそだと語ったこともあるらしいもく

 

 

 

筑前国の国人である秋月家当主の次男として生まれた 秋月種実 さんは、大友家の侵攻により父と兄を失い、自身も毛利元就さんを頼って落ち延びるなど苦難の幼少期を過ごしたもく

その逆境から成長し元就さんの支援もあって旧領を回復させると、さらに奇襲攻撃で大友家を退けるなど武名を轟かせたもく

その後一時は大友家に従属したが、耳川の戦いで大友家が大敗すると再び反旗を翻し、大友宗麟さんの暴悪十ヶ条を掲げて反大友勢力の同盟を築き、筑前豊前の大友領を奪っていったもく

有力戦国大名として最盛期を迎えた種実さんだったけれど、九州に攻めてきた豊臣秀吉さんの力を見誤り、同盟関係の島津方に与して戦い敗北し、領地を没収されて日向に移封となったもく

 

 

 

佃十成 さんは、徳川家康さんに仕えていたが同僚を些細な争いで討ってしまい追われることになって、摂津国西成郡佃に蟄居し、その際に佃十成と名乗るようになったそうもく

そして秀吉さんの子飼衆のひとりとしても知られる加藤嘉明さんに請われて家臣になると、九州や小田原の征伐、文禄・慶長の役に従軍し活躍を重ねて家老に取り立てられたもく

続く関ヶ原の戦いにも従軍を願ったけれど、東軍に与する嘉明さんの留守を守るよう命じられて、西軍に与する毛利勢からの伊予国松前城への襲撃を見事に撃退したもく

この功によって伊予浮穴郡久万山に六千石の所領を与えられたそうもく

 

 

 

各務元正 さんは、美濃に生まれ土岐家の勢力であったけれど、斎藤道三さんが台頭するとそのまま斎藤家に取り込まれて、さらに道三さんが亡くなると織田家重臣であった森可成さんに仕えたもく

摂津国で戦う織田軍の背後を狙い浅井・朝倉連合軍が進軍すると、それを阻止するために可成さんは出陣し討死してしまうが、元正さんは宇佐山城の守りを任されて寡兵でありがながらその進軍を足止めし、信長さんからも直接賞賛されたもく

森家の家督を長可さんが継ぐと、元正さんは森家の家臣として引き続き数々の戦いに従軍し、鳥毛の長指物を指して戦った高遠城攻めなど、戦での活躍ぶりは織田家中に知れ渡り「鬼兵庫」という異名でも呼ばれたもく

また、蒲生氏郷さんが元正さんを気に入り高待遇で引き抜きをしようとしたけれど、その勧誘を断る忠臣ぶり見せたという逸話もあるらしいもく

 

 

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今回の武将追加時にラインナップから外れるカードは下記の武将カードになりますもく

 

 

 

 

 

 

 

 

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【戦国IXA】5 月の追加武将一覧

ゴールデンなウィークを満喫中のひとも

ゴールデンなウィークの谷間のひとも

ゴールデンなウィークが終わっちゃったひとも

みなさんごきげんよう のろしですもく♪ ドモヾ('ε'*)(*'з')ノ ドモ

 

今月も 戦国IXA には

ゴールデンでエクセレントな武将たちが追加されるので要チェックもくっ

 

 5月 追加武将 が 公開されました もく

 

追加されるのは

【 極 】 寿桂尼さん 水原親憲さん 飯田覚兵衛さん 霧隠才蔵さん

【 特 】 竹中重矩さん 森忠政さん 高山友照さん

【 上 】 家城之清さん 

【 序 】 工藤業綱さん

以上の 9 名

 

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寿桂尼【 極 】、飯田覚兵衛【 極 】、霧隠才蔵【 極 】は

2022年8月上旬予定のアップデートメンテナンスにてラインナップから外れるとのこともく

 

飯田覚兵衛【 極 】、霧隠才蔵【 極 】は 取引出品・譲与不可とのこともく

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藤原北家勧修寺流の中御門家に生まれた 寿桂尼 さんは、足利家一門の駿河国守護大名今川氏親さんの正室となった女性で、今川氏輝さんや今川義元さんらの生母もく

晩年病床にあった氏親さんをよく補佐し、氏親さんが制定した分国法「今川仮名目録」が仮名交じり文で書かれていることから、この制定には寿桂尼さんがおおきく関わっていたのではないかといわれているもく

また、氏親さんの没後も若年の当主氏輝さんに代わって政務を執っていたとみられ、寿桂尼さんの「歸」という印判がおされた文書が多数確認されているもく

夫や子らを補佐して今川家の繁栄に貢献した寿桂尼さんは「女戦国大名」と呼ばれていたんだってもく

 

 

 

上杉家の家臣である 水原親憲 さんは鉄砲隊の指揮に長けた名将で、愛用の兜には「風の神、雷の神、火の神」と書かれた団扇をあしらった前立てがつけられていたもく

勝ち戦では寡黙でありながら、ひとたび自軍が苦戦に陥ると大音声で味方を鼓舞してまわったといわれ、上杉謙信さんから「剛の者」と讃えられたもく

大坂冬の陣でも鉄砲隊を率いてめざましい活躍を見せた親憲さんは、徳川秀忠さんから感状を賜ったけれど、「謙信公の元で、今日死ぬか明日死ぬかと思いながら必死に戦ってきて、一度も感状などもらえたことはなかったのに、このような花見同然の合戦で感状をいただけるとは」と嘲ったといわれているもく

 

 

 

幼い頃から加藤清正さんと共に育った 飯田覚兵衛 さんは、清正さんの家臣であると同時に良き友のような存在でもあったみたいもく

森本儀太夫さん、庄林隼人さんと並んで加藤家三傑と称された覚兵衛さんは、文禄・慶長の役で亀甲車という装甲車を開発して晋州城に一番乗りを果たし、一説ではこの功績により豊臣秀吉さんから「覚」の字を与えられたともいわれているもく

また、熊本城築城の際には普請奉行をつとめたといわれ、「飯田丸」という覚兵衛さんの名を冠した郭がのこるなど、築城にも類稀な才能をもっていたことが知られているもく

 

 

 

真田家三代の興亡を主題とした講談「真田三代記」に霧隠鹿右衛門という忍者が登場し、その人物をもとにして作られたとされる架空の忍者が 霧隠才蔵 さんもく

伊賀忍者の頭領である百地三太夫さんから伊賀流忍術の極意を授かった才蔵さんは、姫路ちかくの山中で甲賀流の猿飛佐助さんと遭遇して忍術比べをおこない、真田幸村さんに仕えることとなったもく

真田十勇士のなかでも佐助さんとともに中心的な忍者として描かれる才蔵さんは、大坂の陣で徳川勢を悩ませる活躍をみせ、残念ながら大坂城は落とされてしまったものの、豊臣秀頼さんを城外へ脱出させることに成功したんだってもく

 

 

 

羽柴秀吉さんの軍師として有名な竹中半兵衛さんを兄に持つ 竹中重矩 さんは、半兵衛さんが主君斎藤龍興さんから稲葉山城を奪い取ったという逸話では、城内で病気を装う役割をになっているもく

斎藤家滅亡後は半兵衛さんとともに織田家に仕え、姉川の戦いでは、味方を装って織田信長さんの本陣に切り込んだ敵将遠藤直経さんの正体を見破り、見事直経さんを討ち取ったといわれているもく

半兵衛さんの病没後も織田家に仕えた重矩さんだったけれど、本能寺の変のあとに起こった美濃国不破郡での郷士一揆との戦いで戦死してしまったもく

 

 

 

織田信長さんの家臣森可成さんの子である 森忠政 さんは、森長可さんや森蘭丸さんなどを兄に持つけれど、みな合戦や本能寺の変などで討死してしまったため、末っ子の身ながら家督を継ぐこととなったもく

忠政さんも、兄蘭丸さんらと同様に一度は小姓として信長さんに出仕したけれど、信長さんの目の前で同僚の頭を扇子で殴ってしまい、まだ出仕するには幼すぎるということで親元に返されたもく

しかし、その結果、本能寺の変に巻き込まれずに済んだという見方もあり、豊臣政権の時代を大名として無事に生き抜いた忠政さんは、徳川家に政権がうつると美作一国十八万六千五百石へ加増転封されたもく

 

 

 

摂津国島下郡高山村の土豪だった 高山友照 さんは、当時仕えていた松永久秀さんから命じられてキリスト教と仏教との討論会で審査役をつとめ、そこでキリストの教えに感化され、嫡男の高山右近さんら家族とともに洗礼を受けたもく

久秀さんの支配力が低下すると友照さんは和田惟政さんに属し、その後、惟政さんの跡を継いだ惟長さんを追放して高槻城主となったもく

高槻城主となった友照さんは宣教師らの活動を保護したりキリスト教会の建設などをおこない、そのため領内には多くのキリスト教徒がいたといわれているもく

 

 

 

北畠家の家臣である 家城之清 さんは、「家城主水は槍主水」と当時の謡にうたわれるほどの槍の名手で、織田信長さんが北畠領に侵攻してきた際には、池田恒興さんの軍を迎撃して退却させ、武功第一と称賛されたもく

この争いは、信長さんの子である信雄さんを北畠具房さんの養子に迎えるかたちで和睦が成立したけれど、その後信長さんの命によって信雄さんが刺客をはなち、具房さんの父である具教さんやその子、家臣らが討たれてしまったもく

之清さんは、具教さんの弟である具親さんが起こした反乱に加わり、織田軍に加担した旧北畠家臣らを相手に奮戦するも戦死してしまったもく

 

 

 

工藤業綱 さんは九戸政実さんの家臣で、鉄砲の名手だったといわれているもく

豊臣政権下、陸奥の大名であった南部信直さんに対して政実さんが反乱を起こした戦いで、敵方の蒲生源右衛門さんが傘をかかげてこれを撃ち抜くように伝えてくると、業綱さんは傘のどの部分を撃ち抜けばよいか尋ね、その指定された部分を約百間の距離から撃ち抜いたといわれているもく

業綱さんは、乱が鎮圧されたあとも信直さんの居城ちかくに潜伏し、機会をとらえて信直さんの狙撃を試みたけれど、残念ながら失敗に終わり捕らえられてしまったもく

しかし、信直さんは業綱さんの命を奪わず逆に二百石を与えて召し抱え、業綱さんもその後は信直さんに忠義を尽くしたといわれているもく

 

 

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今回の武将追加時にラインナップから外れるカードは下記の武将カードになりますもく

 

 

 

 

 

 

また

他の武将カード排出停止について

お知らせが掲載されていますもく

https://sengokuixa.jp/info.php?news_id=n6262414c3e08e

 

 

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【戦国IXA】4 月の追加武将一覧


えっほ┏( ・ε・)┛ほいさっ┏( ・ε・)┛どっこいしょ┏( ・ε・)┛

こんにちはー のろしもくっ

 

春になって新生活が始まった人もいるかなもく?

のろしのご近所にも最近引っ越してきた人がいるけれど

新たに 戦国 IXA へとやってきたのは こちらの皆さんもく!

 

 

 

追加されるのは

【 傑 】 賀茂在昌さん

【 極 】 大野治房さん 龍造寺家兼さん 片倉重長さん 宍戸梅軒さん

【 特 】 堀直政さん 大井の方さん 九鬼浄隆さん

【 上 】 中野康実 さん 

【 序 】 稲田植元さん

以上の 10 名

 

そして

帰蝶さん ねねさん 淀さん

以上の 3 名 がそれぞれ

新規イラストでの 【 天 】 と 

スキルやステータスを新しくした

イラスト復刻版の 【 極 】 で 登場するとのこともく

 

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片倉重長【 極 】、宍戸梅軒【 極 】、

帰蝶【 天 】【 極 】、ねね【 天 】【 極 】、淀【 天 】【 極 】

取引出品・譲与不可で

2022年7月上旬予定のアップデートメンテナンスにてラインナップから外れるとのこともく

 

賀茂在昌【 傑 】は取引出品・譲与不可とのこともく

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▼レアリティ【 傑 】について

https://sengokuixa.jp/new_rarity/

 

戦国時代から安土桃山時代にかけて、賀茂在昌 さんというキリシタン陰陽師が存在したそうもく

在昌さんの実像については確かなことがわかっていないものの、ルイス・フロイスさんらが残したキリシタン文献において、公家にして天文学の名家の出自である人物が、宣教師達の天文学知識に感銘を受けたことをきっかけに洗礼を受けてキリシタンになったという記述が確認できるらしいもく

また、日本側の史料では、天文や暦の担当機関を統括する陰陽頭を務めていた人物が、焼損した東大寺大仏に代わる大仏造立・安置のために豊臣秀吉さんが創建した方広寺地鎮祭に携わったという記録が残されているそうで、いずれの史料においても人物名が「あきまさ」あるいはそれに近い名であることから、同一人物という可能性を基にして研究が進められているみたいもく

 

 

 

大野治房 さんは、幼少より豊臣秀頼さんに仕えた武将で、古田織部さんから茶道を学んだ茶人でもあったそうもく

武将としての活躍は大坂の陣が知られており、まず冬の陣では防衛の総指揮を担い、戦局不利になっていく中でも夜襲を敢行して勝利するなど武闘派として存在感を示したもく

冬の陣は和睦となったが、それを推し進めた側にいた兄の治長さんとも不和になるなど納得がいっていなかった治房さんは、待ってましたとばかりに夏の陣では徳川秀忠さんを追い詰める奮闘ぶりを見せたと伝わるけれど、敗戦後の足取りは諸説あってわからないらしいもく

 

 

 

龍造寺家の分家である水ヶ江龍造寺家を興した 龍造寺家兼 さんは、本家が当主の早逝や分裂で衰退していく中、本家に代わって実権を握ると、剛勇と智謀で少弐家筆頭家臣にまで地位を押し上げたもく

北九州の覇権を狙い攻めてきた大内家も撃退するなど、遂には少弐家との主従関係を脅かすほどの力を有するようになったが、その台頭を恐れた同僚の馬場頼周さんの謀略によって子や孫が暗殺され、自身も筑後に逃れざるを得なくなってしまったもく

それでも既に九十を超える年齢でありながら再び戦場へ舞い戻ると、見事に頼周さんを討ち、曾孫の隆信さんを還俗させる旨を遺言して世を去ったもく

 

 

 

片倉重長 さんは、伊達政宗さんの軍師として知られる景綱さんの子で、政宗さん、忠宗さん、綱宗さんの三代に仕えたもく

大坂の陣では病床にあった父に代わって軍を率い、兜の前立てに戦勝の神として信仰を集めていた「愛宕山大権現」のお札を貼って出陣し、大坂城五人衆のひとりである後藤又兵衛さんを討ち取るなど武名を轟かせたもく

一軍を預かる大将自ら敵と刃を交えるなどあるまじき事だと父からは叱られたそうだが、世間からはその勇猛ぶりを片倉家代々当主の通称を冠した「鬼の小十郎」と評され、敵将の真田幸村さんにも大いに認められたと伝わるもく

 

 

 

宮本武蔵さんの死後に彼の弟子たちが伝えたという様々な話などが覚え書きとして残されていたそうで、江戸時代中頃に他史料などと一緒に整理されて発表された武蔵さんの伝記が「二天記」だったもく

その伝記の中に、伊賀国の鎖鎌の使い手として宍戸某なる人物が登場するそうもく

創作要素が大きいとも評される「二天記」でしかその存在が明らかになっていないため実在したかどうかも定かではないが、後世の武蔵さん題材の小説において、この人物をモデルにしたとされるのが 宍戸梅軒 さんもく

梅軒さんは、「宍戸八重垣流」という流派を編み出した鎖鎌の達人で、物語の前半を彩る強敵として登場しているそうもく

 

 

 

奥田家に生まれた 堀直政 さんは、いとこの堀秀政さんの家老を務め、その貢献から堀の姓を与えられたもく

はじめ、秀政さんと共に織田信長さんに仕え、先に出世したのが秀政さんだったために以降はその補佐としての役割に徹したとされるもく

信長さんの死後、堀家は豊臣家に仕え、直政さんは賤ヶ岳の戦いで十文字槍を片手に柴田勝家さんの金の馬印を奪う活躍を見せたそうもく

そして堀家が越後に国替えとなった際には、上杉家の旧領地であったために上杉遺民による一揆に苦慮するが、直政さんはこれを鎮圧して徳川家からの評価も上げるなど、お家のために尽くしたことから天下の三陪臣のひとりとも評されているもく

 

 

 

武田信虎さんの正室で、晴信さん(のちの信玄さん)らの母であったのが 大井の方 さんもく

当時の甲斐では守護である武田家と周辺の国衆との間で抗争が頻発していて、実力者であった大井家との和睦のための政略結婚によって武田家に嫁いできたと考えられているもく

子供達への教育に熱心だったそうで、晴信さんもその影響を大きく受けたといわれるもく

信虎さんが晴信さんに追放された後も母子の関係は良好であったため甲斐に留まり、当主となった晴信さんを諭すことができる数少ない人物だったと伝わるもく

 

 

 

九鬼浄隆 さんは、1551年に父の死によって家督を継いだもく

この頃の九鬼家は伊勢の北畠家の勢力に属し、志摩海賊七人衆に数えられ、また、志摩に数多く設置されていた地頭のひとつだったそうもく

九鬼家の力が大きくなってくると次第に他の地頭との対立が増え、北畠家の援助を受けた他地頭連合軍に攻められてしまうもく

浄隆さんは籠城戦を選び、弓の名手と称された腕前も発揮したようだけれど、その戦いの最中で討死したとも病死したともいわれるもく

この戦いから何とか脱出した弟の嘉隆さんは、織田家に仕え、のちの北畠家との戦いで水軍を率いて活躍することになるもく

 

 

 

南部家の支流であり家内の有力者でもあった九戸家を出自とする 中野康実 さんは、南部家が高水寺斯波家を攻略した際に従属させることを目的として高水寺斯波家に婿入りしたもく

しかし高水寺斯波家当主の代替わりによって確執が生まれると南部家に出戻り、この頃に岩手郡中野を領地に与えられたため姓を中野と改名したそうもく

そして復権を狙う高水寺斯波家が南部領へ攻め込んでくると先鋒を務めて返り討ちにしたもく

実兄が南部家および豊臣政権に対して起こした九戸政実の乱でも、実家ではなく南部家側に付き、子孫の代まで南部家内の重職を担う家柄になったもく

 

 

 

稲田植元 さんは、尾張岩倉城主の織田信安さんの家臣であった稲田大炊助さんの三男として生まれたもく

父が嫌疑によって切腹させられると、幼年の植元さんは父と懇意であった蜂須賀小六さんに預けられたもく

小六さんとは義兄弟の契りを結び、織田信長さん、豊臣秀吉さんに仕えた小六さんをよく補佐したそうもく

豊臣政権下において蜂須賀家が阿波一国を与えられると、蜂須賀家の筆頭家老という形で入国し、阿波九城の一つである脇城の城代になると、要所であるこの地を軍事商業の両面おいて発展させたと伝わるもく

 

 

 

 

 

帰蝶 さんは、美濃の斎藤道三さんの娘で、争っていた尾張織田家との和睦のための政略結婚によって信長さんに正室として嫁いだもく

嫁ぐ際に道三さんから短刀を渡されて、もし信長さんが噂通りのうつけであればそれで刺し殺すようにと言われたが、この短刀で逆に父を殺すことになるかもしれないと答えるなど肝の据わった才女だったらしいもく

また、明智光秀さんのいとこであったという可能性もあり、そういった戦国時代の錚々たる面々の縁者でありながら、嫁いでからは史料に登場することがなく、その後については様々な説が存在しているもく

嫁いで直ぐに離縁または亡くなってしまったという説もあれば、本能寺の変を題材にした浮世絵に薙刀を持った女性が描かれていることから本能寺にて信長さんと運命を共にしたという説、信長さん死去後の織田家内において安土殿という地位の高い女性が存在した記録があるのでこれが帰蝶さんという説もあるが、いずれも憶測の域を出ないみたいもく

 

 

 

 

 

北政所さんの名でも知られる ねね さんは、まだ身分が低く若かった豊臣秀吉さんと、周囲に反対されながらも当時としては珍しい恋愛結婚で結ばれたもく

二人の間に子は恵まれなかったが、夫の出世を内助の功で支え、加藤清正さんや福島正則さん、石田三成さんなど、のちの豊臣政権の中核を担う秀吉さん子飼いの武将達を養育したもく

秀吉さんが天下人になり、実子同様の愛情を注いだ子飼いの武将達が有力者となっていくと、元々持ち合わせていた器量の良さと豪胆さも相まって豊臣政権では大きな政治力を有し、秀吉さん死去後には出家するも強い影響力を保持したままだったと伝わるもく

秀吉さんの側室である淀さんとは対立していたという説では、そのためねねさんは徳川家になびき関ヶ原の戦いで東軍寄りに動いたことが遠因になって豊臣家の滅亡を招いたという見方もあるらしいもく

 

 

 

 

 

浅井長政さんとお市さんの間に生まれた浅井三姉妹の長女・茶々さんの名でも知られる さんは、豊臣秀吉さんの側室となり、その世継ぎである秀頼さんを生んだもく

浅井家滅亡にも関わっていて、母が再婚した柴田勝家さんも討った秀吉さんは、淀さんからすると両親の敵になるわけなので、嫁いだのは戦国の数奇な運命なのか様々な思惑なのかは今もって定かではないけれど、実子に恵まれていなかった秀吉さんの子を身ごもったことにより豊臣政権での発言力を強めていったもく

秀吉さん死去後は秀頼さんの後見人として豊臣家の実権を握るも、徳川家康さんとの対立により勃発した大坂の陣に敗れて大坂城で自害したそうもくぅ

秀吉さんの正室であるねねさんとの関係について近年の研究では、秀吉さんが亡くなった後には双方協調関係にあって、ねねさんは秀吉さんの菩提を弔うこと、淀さんは秀頼さんの後見をすることを役割分担として豊臣家存続にそれぞれ動いていたという説もあるみたいもく

 

 

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今回の武将追加時にラインナップから外れるカードは下記の武将カードになりますもく

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

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【戦国IXA】3 月の追加武将一覧

こんにちは♪(∩・ε・∩)のろしもく♪

 

【 下天開闢 ~ 導かれし宿星 ~ 】の開幕から
早くも一ヶ月が経った 戦国IXA では
春を彩る新武将たちが登場もく

 

 3月 の 追加武将 が 公開されました もく

 

追加されるのは

【 極 】 島左近さん 榊原康政さん 佐々木小次郎さん 奈多姫さん

【 特 】 鍋島勝茂さん 直江景綱さん 吉田孝頼さん

【 上 】 足利政知さん 

【 序 】 杉興運さん

以上の 9 名

 

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佐々木小次郎【 極 】、奈多姫【 極 】

取引出品・譲与不可で

2022年6月上旬予定のアップデートメンテナンスにてラインナップから外れるとのこともく

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石田三成さんを支えた人物として知られる 島左近 さんは、三成さんが召し抱えようとしたときにはすでに世に知られた名将であり、まだ四万石ほどの知行しか持たない三成さんが家臣とするには不釣り合いな武将だったもく

最初は仕官の要請を断り続けていた左近さんだったけれど、三成さんの再三の説得により仕官を決意し、四万石の知行のうち二万石を与えられるという破格の待遇で三成さんの家臣となったもく

三成さんに最後まで忠義を尽くした左近さんは関ヶ原の戦いで戦死したけれど、東軍諸将を「誠に身の毛も立ちて汗の出るなり」と恐れさせるすさまじい活躍をし、後日、戦場で左近さんを目撃した武将たちがその服装について語ったところ、みな恐怖のあまり記憶が曖昧になっていたといわれているもく

 

 

 

徳川四天王のひとりに数えられる 榊原康政 さんは、本多忠勝さんらとともに徳川家康さんを支えた勇将で、康政さんの「康」の字は、家康さんから武功を賞されて賜ったものもく

家康さんと羽柴秀吉さんが対峙した小牧・長久手の戦いで、康政さんは、織田家の権力を簒奪した秀吉さんのことを痛烈に批判する檄文を書き、激怒した秀吉さんは康政さんの首を挙げた者に十万石を与えるという触れを出したという逸話が残っているもく

後年、天下人となった秀吉さんは、家康さんからの使者に康政さんを指名して対面し、死を賜ることも覚悟してやってきた康政さんに対し、その武勇を褒め称えて従五位下式部大輔の官位を授けたといわれているもく

 

 

 

宮本武蔵さんとの「巖流島の決闘」で有名な 佐々木小次郎 さんは謎の多い剣客で、出自や生年だけでなく、姓名についても確かなことがわかっていないもく

中条流の遣い手である富田勢源さん、あるいは勢源さんの門下である鐘捲自斎さんの弟子だったとされる小次郎さんは、毛利家に仕えたのち武者修行の旅に出て、その後、小倉藩細川家で剣術指南役になったといわれているもく

「巌流」という流派を創始した小次郎さんは、物干し竿と呼ばれる長刀を小太刀を扱うかのように使いこなし、刀を素早く振り上げて飛んでいる燕を斬ったといわれ、その秘技は「燕返し」と呼ばれたもく

 

 

 

九国一の美女とも称された 奈多姫 さんは、九州において六ヶ国を支配した豊後の王こと大友義鎮さんの継室となったけれど、義鎮さんが側室を多く持つなど浮気がちであることに悩まされていたというもく

もうひとつ奈多姫さんを悩ませたことがあり、それは義鎮さんや息子の親家さんらがキリスト教に入信したことだったもく

八幡奈多宮の大宮司の娘である奈多姫さんは信仰をめぐって義鎮さんと対立するようになり、やがて義鎮さんは臼杵城下に屋敷を建てて林ジュリアという側室を住まわせ、子らや親戚が反対するのも聞かず奈多姫さんを離縁してしまったもく

その後も奈多姫さんは神道に対する信仰を捨てなかったけれど、晩年はキリスト教に対する気持ちもだいぶやわらいでいたと伝わっているもく

 

 

 

鍋島家といえば龍造寺家との関係が有名なところで、肥前を統一した龍造寺隆信さんが亡くなると、右腕であった鍋島直茂さんが実権を握り国政を担ったもく

その直茂さんの長男として生まれた 鍋島勝茂 さんは、幼少期より事実上、肥前の大名世子として育ったといわれているもく

関ヶ原の戦いで西軍主力のひとりとして参戦したが父の助言によりいち早く東軍に寝返り、このことが評価された面もあったのか、のちに徳川家康さんの命によって佐賀藩初代藩主となるもく

父の代で既に龍造寺家との力関係は逆転していたものの、勝茂さんの代で公にも認められることとなったが、主従逆転の経緯については怪談や歌舞伎の題材として脚色され、様々な形で語り伝えられているもく

 

 

 

長尾家三代に仕え活躍した 直江景綱 さんは、越後の内乱の折、のちの上杉謙信さんである長尾景虎さんの家督継承を後押ししたことで、その後の長尾(上杉)家内における立場を盤石なものとしたもく

奉行職として景虎さんの活動における政務の多くを担い支えていたが、川中島の戦いでは武田軍を敗走させるなど軍事面でも才を発揮したと伝わるもく

「上杉家軍役帳」によれば家中でも指折りの軍役を負担していたそうで影響力の大きさがうかがえるが、男子に恵まれなかったため跡を娘婿が継いだもく

しかし娘婿も亡くなってしまったので、直江家の断絶を惜しんだ上杉景勝さんの命によってその未亡人を娶り家を相続させたのが、あの兼続さんもく

 

 

 

吉田孝頼 さんは、平安時代の貴族である藤原秀郷さんの系譜で、土佐に土着して豪族となったとされる土佐吉田家に生まれたもく

長宗我部国親さんが岡豊城に復帰した際にその妹を娶り重臣として活躍していくようになると、近隣勢力を謀略で反目させて長宗我部家飛躍の礎を築いたもく

平時は農民の生活をしながらも傍らには槍と鎧を置き、有事には素早く招集に応じる半農半兵の軍制「一領具足」を考案したともいわれ、この野武士集団を効果的に使って四国の覇者となる元親さんのもと、宿老としても活躍したもく

 

 

 

室町時代の関東は将軍家の分家である鎌倉公方が統治し、関東管領の上杉家が補佐する体制であったが、中央とは距離が遠かったこともあり次第に鎌倉公方が力を誇示して、幕府とも対立するようになっていたもく

そうした中で鎌倉公方関東管領も対立して永享の乱、そして関東の戦国時代の幕開けともいわれる享徳の乱が立て続けに起こり、混迷を極めていったもく

事態の収束のため幕府から新たな鎌倉公方として送りこまれたのが、六代将軍足利義教さんの庶子で幼い頃に仏門に入っていた 足利政知 さんだったもく

ところが戦渦は思いのほか激しく、また関東では幕府の威光も薄まっていたことから鎌倉に入ることが出来ず、伊豆の堀越で留まることになってしまうもく

その後もどうにか関東を統治しようと何年も足掻き、晩年には野心も秘めたようだけれど、中央では応仁の乱が起こるなど、各所の様々な思惑や状況が複雑に絡み合い、結局勢力を伊豆一国以上に増やせなかったため堀越公方とも呼ばれているもく

 

 

 

杉興運 さんは、中国と北九州の広域を領した周防の大内義隆さんのもと筑前守護代を務めた人物で、肥前の少弐家や豊後の大友家と交戦するなど北九州の前線指揮を任されていたもく

義隆さんに対し陶晴賢さんが謀反を起こして有力家臣が次々とそれに追随する中、興運さんは主君を裏切ることなく、義隆さんと一緒に自害したとも、最期まで陶軍に徹底抗戦したともいわれているもく

主君からの信任が厚かった一方、晴賢さんとは度々衝突したそうで、これを謀反の遠因と捉える見方もあるらしいもく

 

 

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今回の武将追加時にラインナップから外れるカードは下記の武将カードになりますもく

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

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【戦国IXA】2 月の追加武将一覧

ヾ(⌒(_*'з'*)_ やっほーい こんにちは のろしもくーぅ

 

先日ついに 戦国IXA 新たなる舞台 
  下天開闢 ~ 導かれし宿星 ~が開幕したもくね

 

既に 新【天】武将カードをゲットできた人もいるかなもく?

 

noroshi-sengokuixa.hatenablog.com

 

のろしの同盟員やお友達もここ数日 一喜一憂いろいろあったみたいだけど

開幕の余韻と興奮もさめやらぬ中 要チェック情報がこちら!

 

  2 月追加武将 が 公開されました もく 

 

追加されるのは

【 極 】 五郎八姫さん 三好元長さん 吉川元春さん 真田昌親さん

【 特 】 西郷純久さん 小田政治さん 前田利常さん

【 上 】 八十姫さん 

【 序 】 浦上宗景さん

以上の 9 名

 

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吉川元春【 極 】、真田昌親【 極 】

取引出品・譲与不可で

2022年5月上旬予定のアップデートメンテナンスにてラインナップから外れるとのこともく

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五郎八姫さんは、伊達政宗さんと正室の愛姫さんの結婚十五年目にして初めて生まれた子供だったもく

「五郎八」というその名については、政宗さんが後継者誕生を熱望し男子であることしか考えていなかったためそのまま男子名が付けられたといわれているもく

そして、徳川家との結びつきを強めるために家康さんの六男である松平忠輝さんのもとに若くして嫁いだが、すぐにまた政略によって離縁させられてしまったもく

とても美しく聡明であったそうだけれど、キリシタンである母の影響から自身もキリシタンであったといわれ、その教義に従ったため再婚はしなかったと考えられているもく

 

 

 

三好元長さんは細川家に仕えた重臣であり、のちに三好政権を築きあげる長慶さんの父もく

織田信長さんらが活躍した時代のひと世代上にあたり、戦国時代序盤に覇権を争うことになる細川家と三好家、そして将軍足利家を巻き込む因縁の発端に大きく関わった人物でもあるもく

細川家の後継者争いの渦中に祖父と父が亡くなると、元長さんはそのことにより仇敵となった細川高国さんに対して、若年であった細川晴元さんを擁して戦ったもく

その戦いを優位に進め、足利義維さんを擁立した堺幕府の創設にも貢献して山城守護代を務めたのだけれど、高国さんとの戦いに勝った後に晴元さんとの関係が悪化し、最期は自害に追い込まれてしまったもく

 

 

 

毛利元就さんの三人の息子は、後世に創作されたといわれる「三本の矢」の逸話や、毛利家とそれを支える吉川家・小早川家を表した「毛利両川」として有名であるが、三兄弟の中の次男であったのが吉川元春さんもく

稀代の策略家であった元就さんにより、安芸の名門・吉川家に養子として送り込まれて家督を乗っ取る形で相続したもく

知略に長けた父や兄弟とは気質が異なる武人肌だったそうで、元就さんをして「我は戦では元春に及ばぬ」と言わしめるほどの猛将に成長すると、毛利家の戦いの先鋒として生涯の大半を過ごし、中でも山陰の覇者として一時代を築いた尼子家とは度々激戦を繰り広げたことが伝わっているもく

 

 

 

真田昌親さんは、昌幸さんの三男、あるいは四男とされる人物で、兄に信之さんと信繁さんがいるもく

真田家の命運をかけた「犬伏の別れ」には不在であったものの、一時、徳川家からは昌幸さん信繁さんと同じく裏切ったのではないかと疑われたが事なきを得て、信之さんに従い関ヶ原の戦いでは東軍についたもく

その後は、西軍敗戦により蟄居を命じられて九度山で過ごす昌幸さん信繁さんの生活費を援助したともいわれるもく

のちに幕臣となって活躍する信之さんに従ったことも功を成し、息子の信親さんは江戸時代の旗本になったそうもく

 

 

 

西郷家は、鎌倉時代後期から肥前の伊佐早荘一帯にかけて勢力を振るった一族だったといわれるが、1400年代後半までの足跡ははっきりしないらしいもく

有馬家最盛期の礎を築いた貴純さんが大村純伊さんを攻めた際に、西郷尚善さんが有馬家勝利に大きく貢献したことで西郷家の名が広まることになったそうもく

尚善さんは男子に恵まれなかったことから有馬家から養子を迎えたのだけど、それが西郷純久さんもく

純久さんは、兄であり有馬家最盛期の当主となった晴純さんを補佐し、各地を転戦したと伝わるもく

 

 

 

小田政治さんは、小田家の十四代当主にして、戦国大名化へと導いた中興の祖と評される人物もく

堀越公方からの養子だったという説もあるが、北条家が覇者へと駆け上がる以前、勢力図が目まぐるしく変わる混沌とした関東において存在感を放ち、積極的に多方面に戦いを仕掛けて勢力を拡大させていったもく

また、血気盛んな一面ばかりでなく、時流を読んで佐竹家と婚姻による関係強化を図るなど政略にも長けたそうだが、そうした目立ち過ぎる活躍ぶりが警戒され、あとを継いだ氏治さんに苦難の人生を招いてしまったともいわれるもく

 

 

 

前田利常さんは、利家さんの四男で、長兄の利長さんに男子がいなかったためその養子になるなど様々な巡り合わせにより、側室の子でありながら家督を継ぐことになるもく

秀吉さん死去後、五大老同士の前田家と徳川家の微妙な関係から発生した慶長の危機を乗り切るため、お互いにまだ幼年であったが、徳川秀忠さんの娘・珠姫さんと結婚することになったもく

加賀藩初代の利長さんから藩主を継いだのちも依然として徳川幕府から警戒の目を向けられたけれど、前田家伝統ともいえるかぶきものの振る舞いによりうつけを装い、巧みにその視線をかわしたそうもく

一方、藩内では万が一攻め込まれた際の防備を固め、また、農政改革や美術工芸振興に積極的に取り組むなど加賀百万石を安泰とする名君ぶりを見せていたもく

 

 

 

八十姫さんは、晩年の加藤清正さんのもとに次女として生まれ、九⇒苦がないようにという願いを込めて「八十」の名が付けられたそうもく

徳川家との縁組により家康さんの十男である頼宣さんの正室として嫁ぐことになり、その際には娘の晴れ姿を見る前に亡くなっていた父の片鎌槍など多くの遺品を持参したんだってもく

頼宣さんが初代紀州藩主になると自身も紀州に移り、二人の間に子は恵まれなかったものの側室の子を実子同様に厳しく育てて徳川御三家のひとつ紀州徳川家の礎を築き、この系譜から八代将軍吉宗さんなどが輩出されることになるもく

 

 

 

浦上宗景さんは、備前国戦国大名であった父の戦死後、家督を継いだ兄が尼子家の備前侵攻に対して恭順を図ったため対立し、別勢力として天神山城にて旗揚げしたもく

反尼子勢力を取り込み毛利家の助力も得てこの地の争いを制すると、巧みな戦略で影響範囲を拡大していき、やがて毛利家とも権益が重なるほどの勢力へと至り中国地方の覇権争いにも名乗りを上げたもく

その流れの中で同じく実力を付けていったのが、宗景さんの家臣とも同盟勢力ともいわれる宇喜多直家さんで、陰謀家として名を馳せた直家さんの代表的な下剋上によって宗景さんは追放されてしまうもくぅ

追放後歴史の表舞台に戻ってくることはなかったようだけれど、宗景さん旺盛の際の動きは、中央の織田信長さんと中国地方の毛利家らの勢力図に影響を与えたとする捉え方もあるみたいもく

 

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今回の武将追加時にラインナップから外れるカードは下記の武将カードになりますもく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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